社長ブログ 社長が日々考えていることを思いついたときに・・・

想う、感じる、伝える。??

?聴覚?

ずいぶん以前に、ある遊具メーカーと共同で音だけのお化け屋敷にトライしたことがある。一時は結構流行ったが今ではあまり見かけなくなってしまった。営業効率の問題もあるのか?

室内はストーリーに合わせたそれらしき内装が施してあるが、客が入場し着席すると一転暗闇となってヘッドホンからの音だけでストーリーが展開する。

背後に忍び寄る怪人の足音。息遣いが耳にかかるほどの近さで低く呟く。振り落とされる凶器の風切り音。特に背中側は人間とって一番無防備であり恐怖は倍化するらしい。人はある感覚機能が損なわれたり劣化したりすると、他の感覚が鋭くなるということは良く聞く。音以外の情報がないと神経が集中して実に臨場感が溢れる。空間の広がりや、対象との距離感まで精度高く感じ取れる。

これもかなり以前のことだが、ある実験的なイベントの話を聞いたことがある。真っ暗闇の空間の中に簡単な迷路(順路)をつくり、来場者にはまったく視覚を奪われた状態で何とか出口にたどり着いてもらうという企画だ。途中には軽飲食のコーナーも在ったようだ。

視覚を遮断して、聴覚、触覚、嗅覚、味覚だけで課題をクリアするのだが、ルールがひとつだけあって、グループでの纏まった参加は禁止される。連れ立ってきた人はばらばらにされて時間差で入場する。つまり自分の近辺は見ず知らずの人ばかりという状態である。

手探りで壁を伝い、前後の人の気配を窺い、声を掛け合って出口を目指すのだが、このような状況下では、すごい速さでコミュニケーションが進むらしい。すぐに前後何人かで手を繋ぎあって協力するようになる。顔も見えない同士が自己紹介まで済ませて、ゴールに至る頃には幾つもの濃密なグループが生まれるとのことだった。

ヨーロッパでは数年前から「暗闇レストラン」なるものがあるらしいが、最近日本でも聞くようになった。私も一度トライしてみたいと思う。

聴覚の入り口から入ったが、出口では視覚と味覚になってしまったようだ。
  
 
= ピー・オー・ピー「見本市展示会通信」’09年2月1日号掲載 =
 
展示会コミュニケーションサイト 「展コミ」
http://www.eventbiz.net/ 


想う、感じる、伝える。??

?視覚?
 
西洋には古くから、視覚と聴覚は五感のなかでも優れているという考えがあって、それは対象から離れても成立するからだというようなことがネット上に在った。
 
五感の優劣を議論する気はないが、確かに視覚や聴覚は実体感の場を離れても記憶に残りやすく、またそれを表現したり伝えたりする手段が多くある。なかでも視覚は一番確実性の高い感覚と思われる。が、これが意外と当てにならない。実は人はかなりいい加減に物を見たり記憶したりしているのではないか。
 
オフィスの窓からの見慣れた町並み。毎日見続けて目に焼き付いているはずが、ある日突然この一角が再開発で取り壊される。すると昨日までの風景が明瞭に思い出せなくて戸惑う。こんな経験は皆さんもないでしょうか。
 
興味や、思い入れ、集中力などによって見え方も大きく異なってくる。
 
逃がした魚が大きいのは誰でも共通のようだが、ある事件の目撃者の一人は「犯人は赤い服を着ていた」と言い、別の一人は「いや青い服だった」なんてことは良くある。
 
さらには、感情移入と時の経過によって変質する。
 
二人で並んで見る日本海に沈む夕日。その瞬間は互いに美しいと思っても、片や、今隣に居るご主人とは違う昔の恋人と散歩した夕焼けの浜辺を思い出して、ひとり気まずい思いになる人もあれば、片やこの夕間詰めの絶好の潮時になぜ釣竿を持っていないのだろうと悔やむ人もいる。
 
時が経って、たまたま二人がこの夕日の話題に及んでも、美しい夕日の風景ではなく「昔の恋人」と、「大きな獲物」…互いにイメージはバラバラ。本当のところではかみ合っていない。
  
 
= ピー・オー・ピー「見本市展示会通信」’09年1月1日号掲載 =
 
展示会コミュニケーションサイト 「展コミ」
http://www.eventbiz.net/ 

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