こんにちは、大坂一郎です。
大阪支店の「ミスターF」さんが、仕事の最中に昔の思い出にふけっていたので、
以下にその内容を紹介しましょう。
”PR館や文化施設のソフト構築を担当していると、
通常ではできない体験や出会いがあります。
「名探偵コナン」の作者に取材したり、
上方落語の重鎮と映像を造ったり、
原子力発電所の原子炉建屋に入ったり、
風雨の冬の日本海で国外からの漂流物を拾いに行ったり、
山頂に建つ50万ボルトの送電鉄塔の上から、下を見下ろした3D写真を、
電力会社の鉄塔マンと3Dクリエイターと組んで撮影したり・・・
などなど、語りだすと、どれもが長いお話しになってしまいます。
特に、その道の専門家や匠と出会い、いっしょに展示を創り上げてゆくこともこの仕事の
醍醐味といえるのではないでしょうか。
先日は大阪の堺市にある自転車メーカーの社長さんと打合せをさせていただき、
遠い昔、仁徳天皇陵などの古墳づくりに多くの職人がこの地に集まり、
それが自転車をはじめ現在のものづくり産業につながっていることや、
鉄砲などの鍛冶職人がその技術で自転車の部品を作り始めたことなど、
堺と自転車製造のエピソードをいろいろと聴かせていただきました。
そのなかでも、70年代に起こったミニサイクル(いわゆるママチャリ)によって、
堺の自転車産業は部品だけでなく自転車本体の生産も盛んになっていったことを
社長がお話しされていたときに、資料としてその頃の自転車カタログを見せていただいた瞬間、
思わず目が釘付けとなり、心は35年くらいタイムスリップしてしまいました・・・。
そこには、
黒のボディにセミドロップのハンドル、
フレームのレバー変速機に二連のヘッドランプ、
そして、デコラティブなフラッシャー!
を搭載した少年用スポーツ車(当時、私らはサイクリング車と呼んでいましたが)がならんでいる
ではありませんか。
子供の頃、小さな青い子供用自転車しか持ってなかった私は、
どれだけこの光の流れる黒くカッコイイ自転車にあこがれ、欲しかったか!
(今も昔も男の子はメカっぽいの大好きですから)
私だけではなく、たいていの同世代の人はこのフラッシャー付き自転車に、
なんらかの思いはあるはずです。
1970年代に一大ブームとなったフラッシャー付き自転車も、よく考えると方向指示のための光を
流すだけにここまで大袈裟なものがいるか(電池が沢山必要でかなり重いし)など、
熱が冷めた頃には、「?」と思えるデザインと機能でしたが、何十年ぶりかで出会うと、
やはり熱いモノがこみ上げてきます。
これもまた、仕事のおかげで味わえた体験でしょうか。

カタログに、まじまじと見入ると、当時の定価4万5千円(もっと高いのもあったはず)って、
今では10万円前後くらいの感覚でしょうか。
自分の子供にもこれは買ってやれなかったかな・・・。”