「罪と罰/ドストエフスキー」
「なぜ人を殺してはいけないのか?/永井均・小泉義之」
「精子戦争/ロビン・ベイカー (著)・秋川 百合 (翻訳) 」
「Volver/キャスト:ペネロペ・クルス,カルメン・マウラ,ロラ・ドゥエニャス, 監督・脚本:ペドロ・アルモドバル」
と言う3つの本と1つのDVDをたて続けに観ました。
私は、かなりの乱読なのですが、
本などのチョイス時には、
本人が気づかない無意識のテーマ
のようなものがあるのかもしれません。
…振り返ってみると(笑)
これらの作品のテーマは“生と死”。
という大括りができます。
私は、「罪と罰」を、
主人公が経験する様々な思考や体験によって、
“殺人という行為の意味”を、
どんどん変質させるストーリー。
という読み方をしました。
また、 「なぜ人を殺してはいけないのか?」で語られること
も、まさしくこのようなストーリーのように思えました。
さらに、「Volver」に至っては、人を殺すことも
時と場合によっては吝かではない。
と解釈することさえ可能です。
結果。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問に対して、
Aだから、人を殺してはいけないのだ。
という「A」は、提示されないままとなります。
人を殺してはいけない、万人に対する明確な答えは無い。
という理(ことわり)だけが提示されます。
人を殺すと言うことと、
自分が生きるということは、
鏡のこちら側と向こう側のようなもの。
もしくは、
シャム双生児のような関係ということが解ります。
こう考えると、
自分は、何のために生きてるのか?考えるのと同様、
なぜ人を殺してはいけないのか?
を考えることが人生。
と、いえるのかも知れません。
逆に言うと、
誰にとってもの正解は無いにせよ、
自分だけの答えを持つことは可能です。
もっというと、
自分にとっての正解だけは明確に“するべき”
だと思うのです。
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