Creator's Eye 社員発信! できたて情報! よもやま話 むらやま話・・・

DessaとCreator's Eye

クリエイターの方たちとのコラボレーションによって、
2次元のアート・デザインと3次元の空間作りを更に緊密に、
もっと高いクオリティで提供したい。
との思いで「Dessa」というプラットフォームを作ったのは2013年のころでした。

http://www.dessa.jp/

そして、このCreator's Eyeへの投稿も、随分と久しぶりになります。

4年とか5年経つと、随分と自分の周りも、会社の状況も変わるものです。
しばらく投稿していませんでしたが、その間もDessaで知り合ったクリエイターの方たちと
何らかのコラボレーションをしたい。という思いはずーーっと持っていました。

その成果と言えるであろう、2つの事例をご紹介させてください。

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ぴあのミュージアム関係のムック本に掲載した広告です。
NK Design Laboの長沼和明さんと協働させていただきました。


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平和祈念展示資料館の児童用リーフレット用の館内のイラストマップです。
イラストレーターの藤井アキヒトさんと協働させていただいたものです。
http://www.dessa.jp/fujii/fujii.html

今後も、いろんな方とのコラボレーションの機会を作ってゆきたいと思っています。

村上龍さんが「出会いはすべての人にあるんです。それを自分の中の受容体みたいなものが反応して、必然的なものとして捉えられるかどうか。捉えた後に、シビアで科学的な努力ができるかどうか。」
が大切なのだと仰っています。
まさしくそんな感じでクリエイターの方たちと良い科学的な反応が出来ると良いと思っています。

Posted by“すみ”

サインはシステム。

とあるトコロで
おそらく美大生若しくは建築学部の学生と思われる若者が、
会話をしていたのを小耳に挟んで、
あわや、もう少しで老婆心バリバリ発揮して
喋り倒しそうなコトがあった。


サイン計画
についてである。


最近の建築学部や美術大学などでは、
サインの基本的な考え方など教えないのだろうか?
このホームページは、
きっとリクルートの方なども観る機会があるのだろうから、
肝心の要部分のみ、触れておくことにしましょう。


施設のサインは、複雑に考えてはいけないのです。
いたって、シンプルに。
これが基本です。
サインをシステムとして捉えれば、
何ということも無い。
のです。


先ずは、機能を大きく4つに分類します。


ひとつは、表示系
「ここは、インフォメーションですよ。」
「ここは、トイレですよ。」
というやつ。


もうひとつは、誘導系
「あっちが、インフォメーションですよ。」
「あっちが、トイレですよ。」
というやつ。


もうひとつが、案内系
いわゆるマップ
若しくは、解説


最後に、禁止・規制系
「ここでは、煙草を吸わないで」
「スタッフ オンリー」
というやつです。


次に、場所で分類します。
ソトなのか、ウチなのか?

敷地外。
敷地内。
施設外部。
施設内部。
ということです。


基本は、この「内容」と「場所」の
2つのマトリクスで分類さえすれば、
支離滅裂にとっちらかることは無い。
…筈なのです。

Posted by“すみ”

ブログとSNSと。

私個人のブログを始めたのが、
先ほどチェックしてみたところ2006年の1月からなので、
6年以上前ということになります。


始めた当時は、雨後の筍のような勢いで
私の周り中、誰も彼もがブロガーだったのですが、
今では、やめてしまった人のほうが多いくらいです。
友だちのブログへのリンクの半分がリンク切れになったのも、
もはや3?4年も前でしょうか?
機能しなくなってしまったので、
リンク表示は止めてしまいましたけれど。
そして、私本人も、更新間隔が
かなり大きくなって、随分経ちます。


このブログの更新も、
とても久しぶりで恐縮至極でございます。


ブログからSNSへという
ネットユーザーのうねりの中で、
そうなっている感は否めないのですが
これは、コミュニケーションの
「質」と「量」と「スピード」の変化。
と感じています。


その結果、
匿名性は薄れ、個人特定が可能な状況での
臨場感と、レスポンスの速さ。
が求められるようになってきた。
と、言ってしまって良いかも知れません。


言い換えると、
“信用できる人からの
適切なタイミングでの発言“
が求められている。
とも言えるでしょう。


いずれにしても、これまで以上に
“正しいコトバと、適切なボキャブラリー”
がコミュニケーションにおいて、
さらに重要になるのは必至であるといえる。
と思います。


Posted by“すみ”

1 つなぐこと。連結すること。「円高と不景気とを―して考える」 2 鎖の輪。連鎖。

少し前に読んだ「SpendShift」と
先週詠んだ「國分功一郎/暇と退屈の倫理学」
という本が、頭の中でリンクしました。


この2冊の本を読んでみて、
日本の民度って、知らないうちに随分と上がったもんだなぁ。
と感じたのでした。
(ずいぶん呑気な感想ですね。笑)
「國分功一郎/暇と退屈の倫理学」では、
筆者があとがきで言っている
「この本は通読することを“特に”重要視している」
これをカンペキに無視してしまうことになるのは知りつつ、
いささか乱暴に、かつ平ったく言い切ってしまうと、
「退屈を回避するとは、贅沢を取り戻すこと。」
となります。
贅沢とは過激な消費とは大きく異なる。
ということを付け足すことが重要ですが。


一方の「SpendShift」では、
(前の記事でも挙げたように)
購買のパラダイムシフトが大きく変わったことを示しています。


ここで一回整理しておきます。
「高度消費社会」とは、
モノ偏重で、「たくさんのモノを持つこと」や
「何を持つか?」が重要。
それも、虚栄心を満たすモノを求める。
供給は需要に先行。
もしくは供給側が需要を操作する。
いわば、バブリーな社会。


SpendShiftを経て、どのように変わるか?
本物らしさや意味を感じさせるモノが重要。
内面の充実につながるモノを求める。
しなやかな生き方。
「何を持つか?」から、
「どう生きるか?」への変化
ということになります。


さて、「高度消費社会」に対する次代を表すと
どのような名前になるでしょうか?
「高度」や、「消費」、「社会」に対することばを
漫然とくっつけただけだと、何か違うように思えます。
もっと柔らかい言葉は無いかなぁー。
と、出張の新幹線内で考えました。


そうそう、
「わたし好みコミュニティー」
とか如何でしょうか?


まとめると、こうなります。


退屈というのは、高度消費社会を原因として発生した一種の病気。
この病気を治そうとして起こったのが、SpendShift。
言い換えると、人々は購買に関する価値判断を
大きくパラダイムシフトすることで、
退屈から脱却することができる。
と言えるのではないでしょうか?


Posted by“すみ”

そんな会社こっちから願い下げだ。と言ってしまっても良いと思う。

2013年春に卒業する大学3年生の
就職活動が12月1日、本格スタートした。
とニュースで報じられました。
これに対して、
京都での「カルト就職 やめなはれデモ」
といった動きもみられました。


就活にマニュアルライクなノウハウが存在し、
没個性・脱個性が求められているように思えるのは、
どういうことなのでしょう?
こういったビジネスは、受け入れる企業側のニーズを反映してるはずです。
「こういう風に応対すると、企業の人事担当者のウケが良いですよ。」
と言うノウハウの提供であると考えると、
あまり個性的で扱いにくい社員は嫌だなぁ、
というコトの現れなのではないか?と思えてしまいます。
受け入れる側の許容範囲が小さい。
と言い換えることもできましょう。
(もしかしたら、リスクになることは極力避ける。
という戦略であるだけかもしれませんが。)


そう言えば、シゴトでお付き合いする方に、
破天荒なヒトが少なくなったように感じるのは、
気のせいばかりでは無いはずです。
昔は凄い、否、酷い(笑)ヒトが結構沢山いたもんです。笑)


「大衆の時代」と呼ばれたときには、
リーダーシップのあるプロデューサーが力を発揮していました。
逆に、「個の時代」と呼ばれる今は、
プロデューサー不在の時代と言われています。
矛盾?しているようにも思える
この点に何らかのコンテクストはあるのでしょうか?


少し前。
Spend shift
という本を読みました。
How the post-crisis values revolution is
changing the way we buy , sell , and live
ヒラったく言うと、
「何を求めるか?」ではなく、「どう生きるか?」
に生活者の購買行動がシフトしたというコトを紐解いた本です。


この本で語られているキーワードを
3っつに絞ってみましょう。

1.モノ重視から実質重視へ 、
「より多く」ではなく「より良く」
2.消費から創造、発明、工夫、勤勉へと
社会の軸足が変化している
3. 楽観主義、しなやかな生き方
発想はグローバルに、行動は独自に

社会のうねりと、
企業側の人事的な判断の一見した相反性。
これは、何なのか?


私のように“現場側”にいる企業人は、
どういうヒトと仕事をしたいか?
と問われるならば、(問われはしないけれども)
没個性ではなく個性。
に重きをおくべきだと思っています。
ただし、自分勝手で独りよがりなコトは、
求める個性ではありません。
知識、見識、胆識があるヒト。
そういうヒトと、一緒に仕事をしたいと思うのです。


言い換えると、
個の時代に求められるコラボレーションする能力。
良いモノ。良いコトを自分の言葉で説明する能力。
魅力的に感じることができるそのほかのさまざま。
そういったコトが、非常に大切だと思えるのです。


出来上がった人物じゃあないなんて当たり前、
知識、見識、胆識について意識していれば、
きっと、何もかも上手くいく筈です。


¡Ojala sea feliz!


Posted by“すみ”

『東京ディスプレイ協同組合 第6回親善フットサル大会』

11月17日、フロンタウンさぎぬまにて、『東京ディスプレイ協同組合 第6回親善フットサル大会』が開催されました。 
ぽかぽか陽気の中ではじまった開会式。 
毎年同じ時期に行われるこの大会にしては、暖かく、プレイしやすい気候になりました。 
参加したのは、28チーム。 
青空のもと、今年も熱戦が繰り広げられました。 
 
 
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昨年は3位に終わったムラヤマチーム。 
リベンジ!というわけではありませんが、今年は気合いが入っているはず…。 
見ているこちらも気合が入ります。 
相手チームの方も含めて、縦横無尽に動きまわる選手たち。 
フットサルの早い展開に「目が追いつかない、カメラハモットオイツカナイ…。」といったのは2年前に行われた第4回大会のときでしたが、今回もやっぱり追いつきません…。 
ゴールシーンがたくさんあったのにも関わらず、活躍が撮りきれていないのが残念ですが、今年はついに、ついに、ついに!念願の初優勝を飾ることができました。 
参加できなかった選手もいましたが、今までこのチームに関わってきたひとたち全員でこの金色のメダルをとったのかな、とただ撮影しているこちらも嬉しくなりました。 
 
 
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練習を重ねているところもあれば、即席チームもあったかと思いますが、ケガもなく無事に大会を終えられたとのこと。 
それが、一番良かったことかもしれません。 
嬉しくてちょっと長くなってしまいましたが、今回はここまで。 
イノKがお伝えしました。 

もうすぐスポーツの冬!?

今日は2011年11月11日。 
皆様、11時11分11秒…は何をされていましたか。 
次回は100年後、2111年11月11日とのことですが、その時のことを考えるのは少々気が早いような気がします。 
 
さて、温かい日が続いて、東京では紅葉もまだまだこれからですが、ここ数日で一気に寒くなりました。 
季節はどんどん冬に近づいて、そろそろ、ウィンタースポーツの時期ですね。 
 
11月13日(日)まで、「国際スケート連盟公認グランプリシリーズ 2011/2012
2011NHK杯国際フィギュアスケート競技大会
(ISU Grand Prix of Figure Skating 2011/2012, NHK Trophy)」が開催されています。 
会場は真駒内セキスイハイム アイスアリーナです。 
NHK杯はグランプリシリーズの第4戦。 
初戦を迎える選手たちのシーズン最初のスケーティングや、男子シングルの4回転ジャンプなども楽しみですね。 
今回も見どころがいっぱいです。 
会場で、テレビで、ぜひぜひ応援してください。 
 
詳しくは2011NHK杯国際フィギュアスケート競技大会ウェブサイトまで↓。 
http://www.nhk.or.jp/sports/figure/index.html 
 
年末年始はスポーツの大会が盛りだくさんです。 
皆様もスポーツの冬(!?)を満喫して、熱い冬をお楽しみください。 
イノKでした。 

コミュニケーションの質は確実に変わっている。と、思う。

東日本大震災後の日本を「維新」
になぞらえる人が多いように感じます。
もしくは、ルネサンスとか、バウハウスとか。
デザインでは無く、社会の動きとしてのね。


バブルが崩壊して、新しいパラダイムがやってくるとか、
第三の波とか言ってた頃にも感じたうねりにも似た。
それだけ3.11と、それ以降のインパクトは大きい。
というコトなのだと思います。
日本は変わらなくっちゃ。と思う人が
随分多くなってきてるんだろうなぁ。
と、思うわけです。


以前、
「和をもって尊しとする国の人が、スペインで仕事をするということ。」
というタイトルで、記事を書いたことがあります。
この時の記事を、村上龍さんのエッセイを中心にざっくりとまとめると、


アメリカと、西ヨーロッパ先進国に於いては、
個人でも、国家でも、関係性の基本は“対立”にあるといわれる。
日本社会で“対立”とは、喧嘩とか仲違いと誤解されやすい。


“対立”が関係性のベースという意味は、
私とあなたは違う人間だから、意見の違いがあるのが当たり前だ。
と、いうことで、別に喧嘩腰になることではない。


日本社会では、集団内における個人の均一性が重要視され、
個人は集団に溶け込むことを要求されるところがあるので、
関係性における“対立”という概念が希薄だ。


というコトになるのだけれど、


今の日本が置かれている状況というのは、
関係性における”対立”。
とか、自らの意思。
その分母に位置する「同感」と「共感」
といったヒトとヒトとの関係性の変化が起こっている。
と言い換えることもできると思います。
原子力発電所事故の由々しい問題は、もはや
日本国内だけの問題ではすまないですからね。


閑話休題。


今どきの中学の授業では、DEBATEの授業。
というカリキュラムがあるそうです。
あきらかにコミュニケーションの質。
に、変化が起こっていると思うのです。


ネットの世界では、少し前に爆発的に流行ったBlogから、
Twitterやfacebookに趨勢は移ってます。


これらは、携帯電話やスマートフォンからでも
記事をアップするのに苦痛ではない手軽さがあります。
また、文字制限やTLと言ったスキーム故のスピード感。
ある程度の言い捨てが許される。
というのも、ミソなのかもしれません。
それ故に、個人情報に関するモラルが
問題になることもありますけれど。苦笑)


Blogに対して、
Twitterは会話そのもの。
と言うのは言いすぎ?かも知れませんが、
教育においても、自分の意見を
明確にすることが求められる状況にある上に、
次の瞬間に、何か大変なことが起こるかも知れない。
そして、意外とそんな可能性は低くない。
というコトに気づいた私たちが、
どちらのコミュニケーションを選択するか?
と、考えると日記よりも会話をチョイスする。って言うのは
まぁ、必然なのかも知れない。
と思う今日この頃であります。


Posted by“すみ”

インドからの出張土産は…スパイシーな味

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大型連休が近づいてきました。 
お休みを利用しての帰省や旅行などで、人の移動が活発になるこれからの一週間に向けて、話題をひとつ。 
  
今回の出張土産ブログは冬でも気温が20度くらい、暖かい(暑い)インドからのお土産をご紹介します。 
 
前回のインド出張土産は衝撃の“Mili”。 
甘くて、すっぱくて、辛い、タマリンドの果実を使ったお菓子でした。 
南国の食べ物、タマリンド(ヒンディー語でイムリー)を生まれて初めて食べた思い出のお土産です。 
“Mili”のインペクトが大きかっただけに、今回はどんなものが!?と期待感は高まるばかり。 
 
 
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なかなか美味しそうな見た目です。 
パッケージの裏面を見ると、何やら見慣れない果実(?)のイラストが…。 
「すごく辛い」という前評判にちょっと尻ごみをしつつ、皆で試食を開始。 
このパッケージに書いてある果実は何だろうと不安の声が上がる中、次々と開けられる袋を味見して、三種類制覇しました。 
スパイシーなスナック菓子で、美味しい美味しいと手が伸びるなか、遅れてやってきた辛さに一堂「!」。 
この感じ、懐かしいを思ったら前回の(インド出張土産)Miliと同じです。 
やっぱりインドからの出張土産はスパイシーな味でした。 
 
ムラヤマの海外セールスプロモーションサイトへはこちらから。 
 
イノKがお伝えしました。

今年は、果たしてどんな夏になるのだろう?

東北関東大震災で被災された皆様には
心からお見舞い申し上げます。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、
被災地での一日も早い復興をお祈りいたします。


東京電力が発表した今日の電力使用状況は84%。
電力の需要は、一般的に夏の正午に
ピークを迎えるらしいけれど、
今年は、果たしてどんな夏になるのだろう?


大規模需要家の節電で、電気供給はなんとか賄える。
という情報もあるけれど、
電力供給サイドや、大規模需要家に頼るのではなく、
私たち生活者全ての需要サイドの問題として
今なら考える気運があるし、
便利すぎる私たちの生活を考え直す
きっかけになるのではないかとも思うのです。


たとえば、参考になるのは、
江戸のライフスタイル。
私が担当させていただいた物件の中で
環境をテーマにした愛・地球博。
水をテーマにしたサラゴサ万博。
両方のプランニング時に
大きなモチフになったのが
江戸のライフスタイルでした。


世界にも類を見ない100万人都市なのに、
糞尿さえリサイクルされ、市中を流れる大川は
とてもきれいに澄んでいたといわれています。
建築的な工夫としての深い庇や、簾、といった工夫。
打ち水や、団扇と言った涼のとり方。
風鈴に至っては、聴覚によって涼感を得ようっていうのだから、
その文化度や精神性の高さは、
素晴らしいものであると言えます。


愛・地球博当時は、
こんなに便利なくらしに馴れ過ぎた私たちが、
21世紀のライフスタイルとして許容出来るモノではない。
という判断をしました。
しかし、今なら、もう少し考える余地があるのではないかな。
と、思うのです。


そして、サラゴサ博が開催されたスペインにも、
省エネルギーの知恵があります。
1つは、サマータイム。
(3月の最後の日曜日から、確かサマータイムですね。)
お陽さまに併せて生活するこのシステムも、
電気需要の平準化には役立つはずです。
併せて、フレックスを導入することで、
電気需要のピークを計画的にずらす。


2つめは、シエスタ。
昼の電力需要ピークには、思い切って休んじゃう。
風鈴の吊られたグリーンカーテンのテラスで昼寝。
夜は、キャンドルの明かりで食事。
なんて、とても素敵な省エネだと思うんですが。
如何でしょうか?


そうそう。私事ではあるのですが、
4月から系列会社のホワイトボックスに異動になりました。
http://www.w-box.co.jp/
ただ、ウエッブマスターからは、
このままクリエイターズアイのライターは続けてよいよ。
との仰せですので、お言葉に甘えて引き続き続投させていただきます。
今後とも、よろしくお願いいたします。


Posted by“すみ”

アイデアとイデアル

日本語でアイデアって言うと、
ちょっとしたつまらない思いつき。
みたいなニュアンスがあるけれど、
スペイン語でidealというのは、
理想的な。
といったニュアンスになるのです。


これは、何かな?
と、思うに、
クリエイティブに対する社会的な位置づけ
そして、“知”に対する捉えかた
にあるんじゃあないかな?
と、思うわけです。


私が幼い頃というのは、
愚れててどうしようもないやつが、
社会復帰するステレオタイプとしての職業、
っていうのが、デザイナーだった訳で。
例えば、イタリアの建築家のように
クリエイティブとサイエンスの絶対的存在。
尊敬されるに足る存在。
というのとは、ホントに大きな隔たりがあった訳です。


その一端は、お前のせいじゃあないか!
などと言われてしまうと、
何も言えないのですが。。。


ただね、日本の“知”に関して言うと、
例えば、江戸時代の寺子屋。
当時の日本の識字率っていうのは世界一だったのです。
例えば、和算。
この考え方も、世界的にみても素晴らしい。
例えば、ノーベル賞の受賞者は全部門で世界8位。


決して日本人の文化レベルや“知”のレベルというのは
世界的に劣ってる訳ではないのです。
そして、やっぱりメイドインジャパン。
に対する品質への信頼は高く、
ジャパンブランドは健在であるといえます。
私たちが自ら、自分たちを卑下する理由は、
全くない訳です。


何が言いたいか?
というと、日本の民度は結構上がってるよ。
日本のクリエイティブって、
悪くないよ。っていうか、良いよ。
ビバ・アイデア!
もっと発想とかアイデアを大切にしようよ。
ってことなんです。


言い換えると、
「俺、結構良いアイデア持ってるんだよね。」
って、誰かが言った時、
つまらない思いつきを持ってる。
って、捉えるんじゃあなくって、
“理想的な何かをイメージしてる”
って、捉えても良いんじゃあないかな。
と、思うんです。


さらに、逆の言い方をすると、
“知”に対する正当性のある捉え方が出来ないと、
モノを中心にしたパラダイムから、
コトを中心にしたパラダイムの変遷には載って行けない。
新しいパラダイムに乗り遅れるよ。


って、コトなんだと思うんです。


Presented by“すみ”

祝 新年好!!!春節を祝う香港からの出張土産

祝 新年好!!!
お土産ブログ第2弾は春節を祝う香港からの出張土産です。 
中国などでは旧暦のお正月を春節と言い、新暦のお正月よりも盛大にお祝いするとの事。 
2011年の春節は2月3日で、中国では2月2日?8日がお休みです。 
 
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今回のお土産はパイナップルのクッキーと春節の飾りになるお菓子。 
春節の飾りになるお菓子には、(画像の下段左の)金豚の画像のように、中にチョコレートが入っています。 
上段右の画像にある舟のように見える飾りは昔のお金。
他に丸形と長方形の金貨、招き猫?パイナップル?金豚とバリエーション豊かです。 
 
ちょっと得した気分になる香港からの出張土産。 
お土産を食べた人のデスクや、棚に飾られました。 
運気が上がりそうな(!?)金色に囲まれて、ちょっとだけ春節の気分を味わったイノKでした。 

ムラヤマの中国セールスプロモーションサイトへはこちらから

2011年最初の出張土産は上海から…

成人の日も終わり、お正月気分もようやく抜けてきました。 
皆様は2011年のはじまりを、いかがお過ごしでいらっしゃいましたか。 
 
さて今回はお土産のお話。 
「今年は世界各地(主に中国)からの奇想天外なお土産をぜひぜひ皆様にもお見せしたい!!! 」 
との熱い意見が1?2件あり…毎月のように届けられるお土産をご紹介することにいたしました。 
 
お土産の中には、食べるまでに数秒見つめてしまうようなものもあります。 
今までで印象深いのはインドのお土産”Mili”。 
包装に記載されている素材欄には、タマリンド(の果実、タマリンドはヒンディー語でイムリー)・糖類・スパイスの文字が。
なぜスパイスなのだろう、という疑問が残るものの意を決して食べてみると…”甘くて、酸っぱくて、辛い(!?)”。 
国によって趣味趣向はやっぱり違うものですが、このお土産”Mili”を食べた人の中には美味しいと目を輝かせる人も。 
私はドライカレーに入っているレーズンの、味を薄くして酸っぱくしたような味と感じました。 
 
色々な国のお土産を見て・触って・嗅いで・味わう。 
まるで現地にいるようなどきどきを味わえます。 
皆様にもそのようなどきどきを味わっていただけたら幸いです。 
 
 
前書が長くなりましたが、
2011年最初の出張土産は中国・上海から。 
 

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大量のお土産。 
上の画像のお土産の詳細は(左上から)鴨舌・鴨手羽先・牛筋・(左下から)なつめのゼリー(グミ)・さんざしのゼリー(グミ)・鴨肝臓です。 
 
今回は全てきれいにパッケージされています。  
たくさんのお土産の中から鴨の手羽先をチラリ。 


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ゼラチンでぷるぷるです。 
これを食べたらお肌もぷるぷるになるかもしれませんね。 
イノKでした。 
 
ムラヤマの中国セールスプロモーションサイトへはこちらから。 

ナレッジ・オーガゼイションとでもいうのかな?

少し前に、大阪支店と一緒に、ある企業の個展に関する
企画コンペを取りまとめました。
残念ながら、受注することは
できなかったのですけれど。


大阪風なのか?
たまたまなのか?
上司が部下に仕事を“させている”。
という感じが希薄なのが、とても快適でした。
上意下達という感じがあまりしないんです。


あ、これは良い意味です。
その理由について書き進めましょう。


東京で私が所属するチームでの仕事の進め方も、
ヒエラルキー型というか、
恒常的なスタッフィング型というか、
従来のサラリーマン的な仕事の仕方、
を払拭して、物件ごとのプロジェクトスタイルに
変わりつつあるのですが、
そのようなやり方は、悪くないように感じます。
というか、20世紀型の旧態依然とした仕事のやりかたではなく、
21世紀の仕事の進め方として適切である。
と言っても良いと思います。


言ってみれば、
水平組織的な仕事の進め方。
各人が持っている情報とスキルを
相乗的に掛け算させてゆくやり方。
と言うのでしょうか?
基本的には好き放題言って、
かつ、言ったことに関しては責任を持ってやって。
というのが、快適さの基本であると思われます。
毎回、そんなスタッフィングが出来る訳じゃないけれど、
時々、めちゃくちゃ良い協働が出来る時って、
ありますよね。
考えてみると“協働”という言葉からも、
上意下達ではなく、良いコミュニケーションが基本。
という匂いが、ぷんぷんしてきます。


そんな折、ちょうど
「みんなの意見」は案外正しい/ジエームス・スロウィッキー
という本に巡り合いました。
多様性と、独立性と、分散性。
という3つの要素が揃った集団は賢い。
という「集合知」に関する内容なのですが、
モノづくりの現場で、“協働”を考えるにつけ、
いちいち納得する内容でした。


この本によると、
問題を多角的に、かつ新しい情報で検証する視点が必要。
個人の知識を、グローバルにそして集合的に
役立つカタチで提供できるようにしながら、
その知識が、確実に具体的でローカルで
あり続けるようにしなければならない。
ということが大切であるとしています。


あ、そっか。
それで、大阪支店との仕事が快適で、
上海支店の雰囲気が良かったんだ!
と、ハタと合点がいったのです。
(大変、お世話になりました。)


多様性と、独立性と、分散性を持つ
賢いスタッフィングで、
快適に
かつ、高効率に仕事をしたいものだなぁ。
と、思う今日この頃であります。


Presented by“すみ”

トレーサビリティが1番必要なのは「情報」じゃあないだろうか?

上海出張に行って参りました。
いえいえ、行ってきただけです。
決して、参ってはおりません。
言葉のアヤです。悪しからず。


上海の出張に行く“ついで”に確かめたかったのは、
中国の日本に対するバッシングとは、
どの程度のものなのか?
日本で、連日連夜報道されている反日感情は、
実際、いかがなものなのだろうか?
きちんと見て、感じてこようと思っていました。


転ばぬ先の杖。
ではないのですが、運営マニュアルには
「反日デモや、反日感情をもった来場者が…」
のような項目も足して、の渡航であります。


1.展示会場内で最も大規模な出展であったこと。
2.通訳スタッフだけで100名を越え、
3.中国人のスタッフは、ざっと300名を優に超える人数であったこと。
4.街中でも平然と、日本人面して歩きまわっていたこと。
など、相当な露出と、接触があったにもかかわらず、
いやがらせ、その他にはまったく合いませんでした。


さて、
中国の印象というのは、
多くの人が声を揃えるように「パワフルな国」というものでした。
言い換えると、「強い者が正義である」
という感覚が、気持ちの底辺にある感じ。


たとえば、道路事情で言うと、
歩行者には、自転車がベルを鳴らし、
自転車には、バイクがホーンを鳴らし、
バイクには、車がクラクションを鳴らし、
速い車は、遅い車にクラクションを鳴らし、
大きい車は、小さい車にクラクションを鳴らす。


自分がやりたいことに関して、大声で主張すること。
を基本として、社会が成り立ってる。
というような印象でした。


閑話休題。
映像として撮影されているのですから、
反日デモ的なことは、事実あったのでしょう。
しかし、ごくごく一部の人が大声を出しているからといって、
それはあくまでも、マイナーであるということ。
メジャーではないということ。
が、体験的に感じられました。
裏返すと、どの国、どの人に対しても、
多面的な見方があるという事実。
に気づくことができました。


たまたま目にした情報が全てではないということ。
そこに示されることのみが真実ではないということ。


もっと言うと、
情報は、ある種のエネルギーなので、
そこには起点と、向きと、量がある。
言い換えると、情報とはベクトルである。
と言えるのではないか?
と、思った次第です。


簡単に言うと、
責任のない情報は信じない方が良いよ。
ということですね。(笑)


スーパーで買う野菜に、生産者のラベルが付いてると
なんとなく、信頼感が得られますが、
情報にも、というか、
情報にこそ
トレーサビリティが必要なんじゃあないかな?
と思った中国出張でした。


あ、ちなみに。
上海蟹、美味しかったです。


あ、だけど
ホントだと思うかどうかは、あなた次第!


※トレーサビリティとは、対象とする物品
(とその部品や原材料)の流通履歴を
確認できることである。(ウィキペディアより)


文責“すみ”

しゃぶしゃぶをつつきながら、楽しい話をするという極上の時間。

ショールームとして、
多数の企業でひとつの建築を共有する。
という新しいコンセプトで計画された
McLaren Technology Centre


映画「2001年宇宙の旅」に出てきたモノリス
を彷彿とさせる
マッシブでありながら、シンプルで、薄い!!
モニタのデザインをプレゼンテーションする空間
Sony at Milano Salone 2010


これらをプロデュースされた素敵なお二人に会いました。
お二人とも、英国と日本を行ったり来たり。
世界をまたにかけて活躍されています。
McLaren Marketing の 安川実さん
SONY Europe の 川鯉卓也さん
お二人を紹介してくれたのは、
中学のころから親しくさせてもらってる野上信雄さん


さて、この2つの空間について


McLaren Technology Centreは、
商品を展示するハコとしての空間を、
何社かで共有することで、それぞれが引き立て会う。
といった、コラボレーション型ショールームです。
いささか氾濫しすぎて、ホントかよ。
と疑うようになってしまったシナジー:相乗作用
が、真の意味で、それこそ理想的に実現されている空間です。


Sony at Milano Salone 2010は、
シンプルなデザイン性、削ぎ落としたデザイン
をプレゼンテーションするために、
無響音の部屋に商品を配置しています。
聴覚という受け手の感覚を
大胆にもひとつ削ぎ落とすことによって、
商品のコンセプトデザインを、さらに強く印象付ける。
といった、かなり尖った装置空間。
であると感じました。


両者の空間構成や、プロデュースの在り方に共通するのは、
空間というカタチのみに、拘るのではなく、
何を伝えたいのか?
どう見せたいのか?
この企業、もしくは製品にとっての存在理由は何なのか?
に、真摯に向かい合うことで始めて出てくる
非常に高いクリエイティビティ。
にあると思います。


デザインというものは、
どのようなカタチやイロをしてるか?
ということではなくて、
関わる人をどのように気持ち良くさせるか?
どのように快適な暮らしを提供できるか?
である。
ということを再認識しました。


刺激的な方たちと共に、
美味しいしゃぶしゃぶをつつきながら、
ロックの焼酎を飲む。
楽しい有意義な晩餐を過ごすことができました。


日本に帰られた時には、
また楽しい時間を共有させていただきたいものです。
この場をお借りして、
ありがとうございました。


Presented by“すみ”

iPad後の世界をイメージする。

前々から気になっていたiPad
当ブログのライターであり、大先輩のSWCさんから、
発売日に早速見せていただきました。


当初、
iPod touchか、電話機能の無いiPhone。
もしくは、Air Macを極端にシェイプアップしたモノ。
位にしか考えてなかったのですが、
観て、触ってみて、
今までの、どのインターフェイスとも,
全く違うことに愕然。
あぁ、これは早速買わなくては。。。(笑)
ということで、昨日手元に届きました。


思えば、20年以上前、
マッキントッシュのパワーブック2400を買うときに、
勝手にイメージを膨らませていた、
そのイメージが、現実のものになったような気分です。


電車の中で思いついたアイデアをスケッチしながら、
本にすると、めちゃくちゃ厚くて重い、
建築関連法令集を同じデスクトップでチェックをして、
海外の、若しくは旧かったり、深い内容の
情報文献を調べたり、
そこで気になったキーワードが、
スペイン語でなんと言う言葉か、検索してみたり、
企画書のラフ稿をタイプアップしつつ、
mixiか、twitterでつぶやいて、反応を探ってみたり。。。

書類や、資料も含めて、
ペーパーレスでお客様のところに打ち合わせに行って、
帰社時の電車内で修正しちゃう。
企画書や図面だけじゃなくて、
映像の絵コンテもスライドショーで見てもらえるし、
みたいな。


21世紀ですね?。


Presented by“すみ”

悲観主義は、気分のものであり。楽観主義は意志のものである/アラン

会社内の引っ越しを機会に、
通勤時に読み終わって、デスク周りに
置きっぱなしになっていた本を、
会社の近くのブックオフへ。
自宅のベッド回りに置きっぱなしになっていた本を、
近所のブックオフへ。
それぞれ、持っていったのでした。
「第三の波/アルビン・フトラー」とか
「平成30年/堺屋太一」とか、
「FREE/C・アンダーソン」とか、
小説に混ざって、経済系の読み物も出てきたのですが、
3冊を俯瞰して眺めることによってわかることもある様に思います。
100年に一度の大不況と言われる今現在の状況が、
あるべくしてあること。
そして、この大きなうねりの最中のひとつの出来事である。
と、改めて思ったのです。


大雑把にいうところの情報化、もしくはデジタル経済というのは
トレンドという生易しいものではなく、
まさしくパラダイムシフト。
と、言いかえることもできます。
その大きなうねりの中に「FREE」みたいな概念を
置いてみると、そのうねりのすさまじいばかりの大きさが、
少しだけ見えてくるような気もします。


さて。閑話休題。
会社では、新しい年度になったので、
今期、どういう風なコンセプトを持って仕事に臨もうか?
考える機会を持ちました。
前にも書いたかもしれませんが、
私が扱う仕事の概念を図にすると、こんな感じ。

work.jpg

空間と、時間と、価値観。
そして真ん中に、人間。
真ん中の人間は、ニンゲン、と読めるけれど、
ニンゲン、っていうと生物学上のカテゴリであったり、
ヒト、単体のイメージが強くなっちゃうから、
ジンカン。
と、読みたいです。
ジカン、とか、クウカン、とか、カチカン。
と語呂も合うし!
ジンカン。
すなわち、ヒトとヒトの間:アイダ、またはマ。
言いかえるとコミュニティとかコミュニケーション。
今年度は、この基本に真摯に向き合いなおそうかと、
思った次第です。
初心忘るべからず。
と、いったところでしょうか?


コミュニティの“コ”=COって、そもそも
それだけで、“共に”、とか“共同で”という意味を持っています。
一緒に何かをするときに、最も大切なのは何か?
それは、
「共感」という分母に乗った「リスペクト」だと思うのです。

非常に大きなうねりの中に巻き込まれているからこそ。
めちゃくちゃの不景気で、カリカリしがちな今だからこそ。
イライラが伝染して、みんなイライラして、
良くない雰囲気になりがちだからこそ。
そんな、世知辛い世の中だからこそ。


悲観主義の気分に流されずに、
明るく朗らかに、意志を持って協働してゆきたいものです。


Presented by“すみ”

罪と罰。なぜ人を殺してはいけないのか。精子戦争。Volver。

「罪と罰/ドストエフスキー」
「なぜ人を殺してはいけないのか?/永井均・小泉義之」
「精子戦争/ロビン・ベイカー (著)・秋川 百合 (翻訳) 」
「Volver/キャスト:ペネロペ・クルス,カルメン・マウラ,ロラ・ドゥエニャス, 監督・脚本:ペドロ・アルモドバル」


と言う3つの本と1つのDVDをたて続けに観ました。
私は、かなりの乱読なのですが、
本などのチョイス時には、
本人が気づかない無意識のテーマ
のようなものがあるのかもしれません。
…振り返ってみると(笑)


これらの作品のテーマは“生と死”。
という大括りができます。


私は、「罪と罰」を、
主人公が経験する様々な思考や体験によって、
“殺人という行為の意味”を、
どんどん変質させるストーリー。
という読み方をしました。
また、 「なぜ人を殺してはいけないのか?」で語られること
も、まさしくこのようなストーリーのように思えました。
さらに、「Volver」に至っては、人を殺すことも
時と場合によっては吝かではない。
と解釈することさえ可能です。


結果。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問に対して、
Aだから、人を殺してはいけないのだ。
という「A」は、提示されないままとなります。


人を殺してはいけない、万人に対する明確な答えは無い。
という理(ことわり)だけが提示されます。
人を殺すと言うことと、
自分が生きるということは、
鏡のこちら側と向こう側のようなもの。
もしくは、
シャム双生児のような関係ということが解ります。


こう考えると、
自分は、何のために生きてるのか?考えるのと同様、
なぜ人を殺してはいけないのか?
を考えることが人生。
と、いえるのかも知れません。


逆に言うと、
誰にとってもの正解は無いにせよ、
自分だけの答えを持つことは可能です。
もっというと、
自分にとっての正解だけは明確に“するべき”
だと思うのです。


Presented by“すみ”

シビアな経済状況が続いておりますが。

「100年に一度の大不況」と言われるほど、
経済が低迷している今だからこそ!!
の知恵が必要である。
と言われています。


社内でも、いろいろとアイデアを出しているのですが、
・マス対応ではなく、パーソナル対応!
・大量生産型ではなく、オリジナリティやデザイン性が必要!
・“ならでは”が大きなチャームポイントに!
・作り手はユーザーにしっかり寄り添った考え方が必要!
というあたりがなんとなく、
大きな次代の流れのキーワードと言えそうです。


年末から年始にかけて読んだ本や、テレビなど観てても、
こういったところが琴線に引っかかります。。。(笑)
これらのキーワードからの
具体的なアウトプットのひとつとして、
アート。の存在が挙げられると思います。


見る側によって、実に様々なイマジネーションが在り得る。
ところとか、
例えば、
個人的なレベルでも、社会的なレベルでも、
いわゆる死活問題になったとき、
まず先に犠牲にするものは、何か?
と問われた時、お腹を満たすことの出来ないアートを
やっぱり犠牲にするのかどうか?
そういうシチュエーションにとって、
アートは要らないものなのか?
のようなことを、考えるに、
どんなに貧しくても、アートは“要らないもの”ではない。
「アートは魂の食事だ」
と誰かが言ったとか。


仕事先の現場でDJがかけてた音楽の歌詞中に、
「音楽は、軽く跳び越す」
という歌詞が出てきたとか。


「アンネの日記」をはじめとする沢山の文学が
非常にシリアスな状況の中から生まれてきた事実とか。


肉体的・精神的に過酷な状況の中から生まれてきた、
世界中の、いろいろな音楽とか。


いろんな困難に対する
問題解消方法としてのアートは、
いろんな言い方が可能であると思うのです。


このようなことから、
経済低迷の世の中に必要なのは、
音楽
ダンス
絵画
デザイン
ブンガク
などなど。
アートという切り口が
そのひとつなのかも知れない。
と、思う新春であります。


歴史学者であるトインビーが言ったように
「高度の精神社会を求めるか?
経済文明追求の果てに、没落の道を辿るか?」
という選択の時代である。
とも言われています。
次代のビジネスはどこに向かうべきか?
の選択肢と、ニアリーイクォールなのでは?
とも思う次第です。


Presented by“すみ”

余命1ヶ月の花嫁と言う映画を見終わって、優しい気持ちになっていることに気づく。

余命1ヶ月の花嫁
という映画を観ました。


この映画を観る前は、
半ばドキュメントではあるけれど、
映画というメディアであるので、
もしかしたら共感できないかも知れない。
と、思っていました。
具体的に言うと、
小学生のころから、中学まで同窓だった女性が、
新婚にも拘らず、白血病に罹ったと解った時点で離婚し、
そんな彼女の優しさに、非常に共感していたからです。
このような理由で、この映画のラストシーンには、
違和感を感じるかも知れない。
と、いう予感があったのです。


ただ、観終ってみると、
正解はひとつでは無い。
ということに、気づかされる
とても、ステキな映画でした。


自分の父親をはじめ、何人もの知り合いを
癌という病で亡くしているのですが、
そのそれぞれの人が、
当然ながら、同じ人であるはずはなく、
同じ境遇でも無く、
まったくの、かけがえのないその人でありました。


コミュニケーションにおいて、
リフレインは無い。
どの人とも一期一会であり。
一人の人であっても、その「ひととき」と言うのは
一期一会に違いない。
それは、映画でも一緒だよ。
ということを気づかせてもらった。
と、言ってよいかもしれません。


さらに、
見終わって、優しい気持ちになれる。
と言うのは、主人公が優しいからです。
そして、強い。
優しくて、強いのか?
強いから、優しいのか?
優しいから、強いのか?
それは、この際、置いておいたとして。。。


ちょっと熱を出したりすると、
甘えたり(笑)
イジワルな気分になったり(笑)する自分が
とても恥ずかしくなる映画でもあります。


「おっぱいが無くったって、君は君だ。」
に対して
「どうなっても、私は私です。」
と答える。
その言葉に集約される
優しさと強さとコミュニケーションのストーリーでした。


Presented by“すみ”

何らかの行動をするとき。そこにベクトルを与えるならば、

私事ですが、
夏の終わりに、設計
というセクションから、
プロモーション
というセクションに異動しました。
誰かが、何らかの行動をするとき。
そこにベクトルを与えるならば、
「空間。」
「時間。」
「価値観。」
という3つのカン。
という名前をつけることができます。
そして、その真ん中にあるのが
「人間。」
この場合は、ニンゲンではなくってジンカン。
と読みたいです。


閑話休題。


設計。
というのが「空間」をコントロールするところ
であるとすれば、
プロモーションというところは
「時間」と「価値」をコントロールする。
職能領域になります。
具体的には、来場した方がどう過ごすのか?
という時間をコントロールする「運営」
参加する人のモチベーションを喚起する「広報」
そして、どんな時間を過ごすのか?
という「価値」を計画し、現場に出て接遇する。
といったセクションです。


この間の連休初日には、
子ども対象の工作教室イベントへ!
私の業務は、デスクワークとか打ち合わせが大半をしめていたので、
直接お客さんと接するのはかなり久しぶりのことでした。
しかしながら、事故も無く、怪我も無く、
参加した方も、私たちも
気持ちよいステキな持間を過ごすことが出来ました。


設計セクションにせよ、
プロモートセクションにせよ、
人間(ジンカン)を分母に、
参加した方が
楽しく(価値)
快適に(空間)
過ごして(時間)くれ、
喜んで参加(感動)してくれるというのは、
この仕事をしている上での最大の
ありがたき幸せ。
であると思った秋の1日でした。


Presented by“すみ”

コトやモノの価値は、それを持つ人によって変わる。

シルバーウイークは、如何お過ごしでしたか?


私はというと、
遠出はしなかったのですが、
リニューアルされた池袋の無印良品に行って
「無印良品の理由展」を見たり、
区民農園に、白菜や大根などの
冬野菜の種や苗を植えたり、
庭の整理をしたり、
もう7年ほど使ってた自転車を新しいのにしたり、
7冊ほど、本を読んだり、
ロードショーを観に行ったり、
ベンキョウしたり、
風呂を徹底的に掃除したり、
仕事の打ち合わせにちょっと出かけたり、
最終日は、おでんの仕込みとして
大根と卵を煮たり、
7キロのダンベルで体操したり、
と、ちょっと物足りない感じ(笑)を残しつつも、
ちょこちょこと動き回っていました。


なかなか結果が出ない。
と言う反省に基づいて、
今までの方針とか、やり方を
改善する必要を感じていたので、
「自分のこと、自分のすることに関して、
全てにおいて妥協しないこと。」
というテーマを設定してみました。


具体的には、
任天堂さん的に言うと
「脳を鍛える。」
ということ(笑)で、
茂木健一郎さん的に言うと、
「脳の側頭葉への情報吸収は、
妥協せず時間をかけて、たっぷりと。
脳の司令塔である前頭葉を、
いつも妥協せず研ぎ澄ませる。」
といイメージになります。


さらにコトバを重ねるならば、
「専門性を高めるということは、
単に仕事を分割するのではなく、
広い視野の中で、その方向性が
ふさわしいのか?どうなのか?
判断できるスキルを磨くことである。」
という前提に立った上で、
この情報は要らないや、と
安直に判断することなく情報の引き出しを、
ガンガン増やして、詰め込んで。


いろいろな情報を吸収して、
その挙句、パンクしたり、矛盾したとしても
解決する方法を妥協せずに探る。


という感じです。


さらに、目で見て頭で考えるだけではなく、
先ずは、動いてみる。
とりあえず手を動かす。


シルバーウイーク前の通勤時に、
こんなことを考えて歩いていたら、
力みすぎて舌を噛んでしまい
血を流しながらの通勤となりました。(笑)


何をするにも、力みすぎは良くないですね。
Relax shoulderで集中。
が大切なコツのようです。


Presented by“すみ”

九州は梅雨明けをしたようで。。。

先月末、昨年大変お世話になった
お客様からメ?ルが入りました。
「サラゴサ博覧会 日本館」
の「年鑑日本のディスプレイ」入選が決まりました。


同僚のスタッフからもメールが入りました。
「渋谷クラブキャメロット・ブルーウインディナイト」
の「年鑑日本のディスプレイ」入選が決まりました。


先月はバタバタと忙しかったので。。。
忙しいって、心を亡くす。って書きますよね?
危うく、心を亡くしそうになった時?!
に、報われた感!!!があったのです。
こういう嬉しいお知らせって、モチベーション上がります。
。。。あ、私は褒められて育つタイプです。
違う言い方をすると、至極単純です。


閑話休題。


もうそろそろ、東京も梅雨明けなのでしょうが、
最近、やたらと、ムシムシと暑い日が続きます。
「サラゴサ博覧会 日本館」の話を聞くと、
昨年の今頃は、スペインで
快適な気候の中、現場に通っていたのを思い出します。


かなり前に、新有効温度
という温熱感についての尺度を御紹介しましたが、
快適さを計る指標に「不快指数」というものも、あります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
不快指数(DI) = 0.81T + 0.01U(0.99T - 14.3) + 46.3
T :気温(℃)
U :相対湿度(%)
気温が一定の時、湿度が高くなると蒸し暑くなったように感じる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


日本の夏と比べると、
40℃を超えても快適なスペインの夏。
去年の夏スペインのあちこちで見かけた気温計は、
大抵は40℃を超えていました。
不快指数で言うと、どんな数値になるんだろう?
という素朴な疑問が、頭に浮かびます。


8月のセビージャの平均最高気温37℃、
平均湿度15%。
不快指数は80。
「やや暑い」


今日の東京の最高気温32℃、
湿度80%。
不快指数は86。
「暑くてたまらない」
不快指数が85を上回ると
ほぼ100%の人が不快に感じる。
とのことです。。。。。。。


どうりで、スペインに行きっぱなしになってる方たちは、
夏の間日本に帰ってこない訳です。(笑)


「不快指数」って呼び方は、好きじゃあないです。
「快適指数」の方が、やっぱり良いです。
温熱感上はたまらなくっても、
せめて、朗らかに、爽やかに
コミュニケーション上は快適に過ごしたいものです。


Presented by“すみ”

やることは沢山あるし、時間もたっぷりある。

やけに忙しくって、やりたいことができてないなぁ?。
ブログの記事のアップも滞ってるし?。
と思ってた矢先。
とあるメルマガに書いてあった言葉にギクリ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やらなきゃいけないことが沢山あるけど、時間がない。
と、思ってませんか?
やることは沢山あるし、時間もたっぷりある。
と思ったほうが、ずっと良いですよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
のようなことが書かれていたのです。


やること、やりたいこと、やるべきことがある。
ってことはいたって、健全。
やりたいことがないのは、寂しいです。
方や、
忙しいって漢字は、心を亡くす。って書きます。
いくら、することが山積みでも、心を亡くしてはいけません!


要は、視点と気の持ちよう。
もっと言っちゃうと、丁寧に生きてるかどうか?
ってことなんですよね、きっと。


時間とか仕事に追われてる!
と、思って肩気張らせて取り組むのではなく
Relax shoulder…肩甲骨を1mm下げて、
おへそに力を入れて、
香りの高いお茶でも淹れて、
スペイン語か、ポルトガル語の音楽かけて、


…あ、やらなきゃいけないことから逃げてるだけ?
って言ったのは、誰ですか?!


やらなくてよいことと、やるべきことは明確に判断する。
しなければならない苦労は、とことんやる。
やると決めたら、時間をかけてもしっかりと成就する。
やることは沢山あるし、時間もたっぷりある。
と、私は言いたい!!


よいゴールデン・ウイークをお過ごし下さい。

Presented by“すみ”

「フラッシャー!!」

こんにちは、大坂一郎です。
大阪支店の「ミスターF」さんが、仕事の最中に昔の思い出にふけっていたので、
以下にその内容を紹介しましょう。
 
 
”PR館や文化施設のソフト構築を担当していると、
通常ではできない体験や出会いがあります。
 
「名探偵コナン」の作者に取材したり、
上方落語の重鎮と映像を造ったり、
原子力発電所の原子炉建屋に入ったり、
風雨の冬の日本海で国外からの漂流物を拾いに行ったり、
山頂に建つ50万ボルトの送電鉄塔の上から、下を見下ろした3D写真を、
電力会社の鉄塔マンと3Dクリエイターと組んで撮影したり・・・
などなど、語りだすと、どれもが長いお話しになってしまいます。
 
特に、その道の専門家や匠と出会い、いっしょに展示を創り上げてゆくこともこの仕事の
醍醐味といえるのではないでしょうか。
 
先日は大阪の堺市にある自転車メーカーの社長さんと打合せをさせていただき、
遠い昔、仁徳天皇陵などの古墳づくりに多くの職人がこの地に集まり、
それが自転車をはじめ現在のものづくり産業につながっていることや、
鉄砲などの鍛冶職人がその技術で自転車の部品を作り始めたことなど、
堺と自転車製造のエピソードをいろいろと聴かせていただきました。
 
そのなかでも、70年代に起こったミニサイクル(いわゆるママチャリ)によって、
堺の自転車産業は部品だけでなく自転車本体の生産も盛んになっていったことを
社長がお話しされていたときに、資料としてその頃の自転車カタログを見せていただいた瞬間、
思わず目が釘付けとなり、心は35年くらいタイムスリップしてしまいました・・・。
 
そこには、
黒のボディにセミドロップのハンドル、
フレームのレバー変速機に二連のヘッドランプ、
そして、デコラティブなフラッシャー!
を搭載した少年用スポーツ車(当時、私らはサイクリング車と呼んでいましたが)がならんでいる
ではありませんか。
 
子供の頃、小さな青い子供用自転車しか持ってなかった私は、
どれだけこの光の流れる黒くカッコイイ自転車にあこがれ、欲しかったか!
(今も昔も男の子はメカっぽいの大好きですから)
 
私だけではなく、たいていの同世代の人はこのフラッシャー付き自転車に、
なんらかの思いはあるはずです。
1970年代に一大ブームとなったフラッシャー付き自転車も、よく考えると方向指示のための光を
流すだけにここまで大袈裟なものがいるか(電池が沢山必要でかなり重いし)など、
熱が冷めた頃には、「?」と思えるデザインと機能でしたが、何十年ぶりかで出会うと、
やはり熱いモノがこみ上げてきます。
 
これもまた、仕事のおかげで味わえた体験でしょうか。
 
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カタログに、まじまじと見入ると、当時の定価4万5千円(もっと高いのもあったはず)って、
今では10万円前後くらいの感覚でしょうか。
 
自分の子供にもこれは買ってやれなかったかな・・・。”

自分が優しくないことに気づいてしまった。

年頭に、今年のテーマは「優しくなること」
と、決めたのですが、
これは裏を返せば、自分が優しくないことに気づいてしまった。
ってことでもあるわけです。(笑)


私の配属されているクリエイティブ本部では、
毎週、週の始まりに朝礼をします。
部員が、持ち回りで司会をし、
最近、気になってることなどをスピーチし、
そのテーマについて1人にコメントを求める。
ということをするのですが、
彼女のテーマが、「今年の抱負」についてで、
求められたコメントは、
「すみさんのデスクの上はいつもきれいですが、
なにかそこに、コンセプトや念頭はあるのですか?」
というものでした。


優しくしよう。
と思う前の私であれば、
「快適な空間とか、いごこちのよい空間をデザインしよう。
って人が、たかだか2?程度の自分のデスク周りを
コントロールできなくて、空間デザインなんて出来ないでしょ」
位のことは、言っていたはずです。(笑)
だけど、
「快適でありたいので、快適な状況を作っているのです。」
と言うに留めました。


優しいこと。
っていうのは、許容すること。
かも知れないと思いつつある。その表れです。
自分の場合は、身の回りがさっぱり、きれいで、
基本的に何も無い。
何かするためのスペースが十分確保されている。
ということが、快適であることです。
また、そういう状態ににコントロールするのが
美徳であると思っています。


しかし、人それそれの快適さには、
違うベクトルもあるかもしれない。
いや、きっと、あるだろう。と認めること。
さらに、人の価値観をむげにしないこと。
尊重すること。
自分の価値観を押し付けないこと。
自分の思い通りにはなかなか行かないけど、
それは、他の人が、自分とは違う考え方をしてるから。
と、正しく認識すること。


自分のモノサシだけではなくって、
ひとのモノサシも見てみよう。
そして、自分の幅を広げるのだ。
というのが、私の言う「優しくなること」の効果。
なのかもしれません。


Presented by“すみ”

“計算”することではなく“計画”すること。明確なコンセプトを持つこと。が大切です。

毎月私の付属するデザイン設計部では、
部会にて、得意分野についての勉強発表会。
のようなものを開いています。
今回、私にもそのお鉢が回ってきました。


テーマは、「現象を数値化するということ」


どういうことかというと、
「素晴らしい空間」
「快適な空間」
「美しい空間」または、
「安全な空間」
を実現するためには、
お客様がどのように過ごすのか?イメージし、
具体的かつ論理的に、現象を数値化する。
ということも大切な設計。
ということです。


例えば、博覧会で、トイレを設置するとします。
このときにどの位のトイレの穴数をそろえれば良いのか?
お客さんのアメニティを考えれば、多いに越したことは無いのですが、
肝心のイベントや、パビリオンの建設費や展示費の予算まで回して、
トイレを設置するのでは本末転倒です。
限られた空間と、予算を、上手くバランスさせて、
必要十分な数のトイレを設置するべきです。


通常、建築計画では事務所のトイレ穴数を、
「男子用便所の便房は、同時に就業する男子労働者60人以内ごとに1個」
などという数式で算定するのが、一般的です。


ただし、この場合の利用種別としては、あくまでも事務所なので、
博覧会と同じように、来場者が行動するわけではありません。
そこで、私たちは、
「会期中の平均した来場者数×平均滞留率×使用率÷トイレの回転数」
といった数式をプランニングして、トイレの穴数を求めます。
来場者数や平均滞留率の数値は、
今までお手伝いさせていただいた類似物件の
実績資料から平均値などを求めています。
また、使用率などの数値は、水道協会さんやTOTOさんが提唱されている
数値を使わせていただきます。


これと同じような考え方で「灰皿」や
「ゴミ箱」といったファニチュアも
数量算定をすることが出来ます。
しかし、策士、策におぼれる。
じゃあないですけど、計算こそ全て!
と思ってはいけません。(笑)


私たちが大切にしてるのは、あくまでも
<まずは、お客様の視点で考えること>
<より多くの視点と視座からバランスのとれた計画とすること>
<算定上派生するアイデアを積極的に活かすこと>
<重要なのは計算することではなく、計画すること>
<かつ、明確なコンセプトをもつこと>
にあるのです。


といったお話をさせてもらいました。


Presented by“すみ”

今年は、今日で359/366。そしてFeliz Navidad!!!

1970年代とか、80年代。
ウイークエンドの昼過ぎ。
「American Top 40」というFMラジオ番組をよく聴いてました。
当時の録音って、今よりずっと手続きが多かったんです。
ネットでダウンロード、なんて無かったし、
レンタルCDすら無かったし、
ラジオの前にカセットデッキを置いて、マイクで録音する。(笑)
なんて荒業もあった位ですから。。。
車のラジカセで音楽を聴くには、
ちょっとした労力が必要だったのです。
だから、録音するのに精一杯で、
好みの曲をチョイスする。
なんてところまで、気が回らないのです。
でも、あるとき、ふっと気づいたんですよね。
流行の音楽を、追いかけることが目的なのか?
好みの音楽を、聴くことが目的なのか?
って。。。


今の情報化社会も、まったく一緒なのかな?
と思います。
情報を追いかけてるつもりが、
実は、逆に追いかけられちゃあ、いないか?
って。。。。


で、モノにしたって、誰かがデザインしたモノに、
埋もれるようにして、暮らしてるんじゃあないかと。
モノのための空間なのか?
自分を豊かにするためのモノなのか?
さぁ、どっちなんだ?
と、思うわけです。


閑話休題。
今年の一番の出来事といえば、
1月、3月、4月、6月、9月。
と、5回のスペイン出張。
2年と少しの間携わった
プロジェクトの総仕上げでした。

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サラゴサ博覧会「日本館」
3面のスクリーンを持つシアター。
江戸における日本人と水のつながりを紹介しながら、
来場者は川をのぼってゆきます。
季節は移り変わり、雪が降りしきる上流の景色に…。
最後にスクリーンが割れ、春の訪れとともに
神々しい滝があらわれます。

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吉祥寺「おちゃらか」製の
バレンシア・オレンジの香りの付いたフレーバード日本茶
「サラゴ茶」を飲みながら散策し、
地球レベルの環境問題について考えてもらう
インスタレーション空間

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で、ハイコンセプトと、ハイタッチの時代になるという
『ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代』
/ダニエル・ピンク :著, 大前 研一 :翻訳
という本を、読み終えたのですが、


次代は、決して、1に仕事。2に仕事。
3、4はなくって、5に仕事。
というわけではないようです。
ここで語られるイメージは、
労働時間という、能力とはまったく関係のないコト。
で仕事の評価をされたりすることもありません。
重要視されるのは
自分のIdentityに忠実でいること。
もしくは自分自身を信じること。


合理的、論理的、機能的
という必要性能に訴えるだけではなく、
デザインや共感、遊び心。
などの一見「ソフトな資質」が、
最も重要なアプローチとなること。
ということです。


海外で仕事をしてみて、
また、この本を読んでみて、
デザインすることと、
文章を書くことと、
コミュニケーションすること、
って等価値なんだなぁ?。
と、痛感しました。
同時に、センスとか、好みとか、その人ならでは。
って、これからは、とっても重要なコトのようです。


ビバ!エキセントリック!(笑)
ビバ!パーソナリティ!!


Presented by“すみ”

有明から乃木坂、青山。

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コンペのプレゼンが、なんとか終わったので、
東京ビッグサイトの「エコ・プロダクツ2008」
とギャラリー間の「安藤忠雄建築展」
を観てきました。


今年、10回目を迎えたエコ・プロダクツは、
極力観にいくようにしている展示会のひとつです。
1回目とか2回目の頃は、丁度、地方博の第3次ブーム。
京都議定書が議決され、
環境配慮の意識が、徐々に出始め、
博覧会のテーマとして「環境問題」を
取り上げはじめた頃でした。
当時は、大手の企業出展は少なく、
オーガニックコットンなどを扱う会社や、
NPO、NGOの出展が目立つ展示会でした。


また、“環境問題は、ビジネスになりうるのか?”
なんていってた頃でした。
今や、展示会の中で最も大規模なものになって、
大企業が軒並み出展し、
“環境問題抜きに、ビジネスは語れない!”
なんてことになってます。


行ってみて、ビックリしたのが、
子どもが多いこと!
いつものビッグサイトの雰囲気ではなく、
子ども科学館みたい(笑)


ちょっと前に
環境に優しい暮らし方。
なんて、偽善なんだよ。
なんて本を読みましたが、(苦笑)
そのネガティブな思考に辟易したものです。
確かに一人一人の効果なんて、
大したこと無いのかもしれません。
でも、子どもが環境問題を学ぶのは、
悪いことだとは思いません。
(と、言いきります。)
何かしても、効果的じゃあないのだったら、何もしない。
ってのはね、世知辛いと思います。


環境問題って、真剣に考えちゃうと
確かに、ニンゲンが生きてることそのこと自体、
が悩ましくなっちゃいます。
けれど、だからこそ、
ありがたい。とかね。
思ったり出来るんじゃあないかな?
と、思うのです。


で、「安藤忠雄展」
今回の展示の目玉は、原寸大の「住吉の長屋」
自然を感じるための仕掛けとしての中庭。
極小の空間条件の中、敷地面積の1/3を、
この自然を感じるボイド空間に割くということ。
これは、やっぱり一種の環境保全活動!(笑)
ケンチクって範疇を逸っする作品です。


モノを作る仕事って、
下手をすれば、環境破壊に直結します。
だから、せめてゴミみたいなものは作らないようにしないと。
と、思った週末でした。


あ、写真はギャラリー間からの帰社時に写メした
新・国立美術館

PS.
先ほど、社内の違うセクションに勤務する女の子が訪ねて来てくれました。
ブログライターの“すみ”とは、一体どんなヤツなのだろうか?
とのことで。(笑)
で、改めてどんな記事を書いたんだろう?
と心配になって(笑)2006年10月から、一覧してみたんですが、
私の記事全てが「雑感」というカテゴリでした。
来年も、「雑感」書き散らかせていただきます。
宜しくお付き合い下さい。


Presented by“すみ”

Una casa ideal.

una casa perfecta.
と、言っても良いかもしれません?!
「理想の家」もしくは「完璧な家」
Una casa ideal o una casa perfecta.
を考えるのが、最近のマイブームだったりします。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
建築家とは、何をすることによって建築家と呼ばれるのか?
かつては、
内容と形式が一致すること。
適切なプログラムによって建築が配置され、
組み立てられていること。
最終的な統合が生まれていること。
が、優れた建築の基準でした。


現在では、そのような基準もなくなり、
プライベート対パブリック。
の定義も変わりつつあります。
家族というのは、一体何なのか?
どういう関係なのか?
が解れば、現代の住宅のテーマが
見つかるかも知れません。


改めて「住宅は建築か?」という問いに戻るなら、
住宅をつくるのは、建築家ではないというのが、
僕の答えです。
<磯崎新さん「住宅は建築か」TOTO出版「住宅の射程」>
より抜粋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


改めて「住宅は建築か?」という問いに戻るなら、
住宅をつくるのは、建築家ではない。
と仰ったのは、磯崎新さんでしたが、
休日の新聞と一緒に配達される
折込チラシに印刷された間取り図。
のようなモノではなくって。。。
もっと、得体の知れないモノ。
もっと、珍妙なモノ。
もっと、美しいモノ。
もっと、面白いモノ。
を目指しています。


そのテーマというか、
基調というか、
重低音というか、
分母は、
“あっけらかん”


つまり、ボク本人を表現したいんです。(笑)
だから、ごくごく個人的なモノになるはずです。
だからこそ、理想だったり、完璧なモノになるはずです。


そういった意味では・・・
「理想の家」もしくは「完璧な家」
Una casa ideal o una casa perfecta.
ではなく、
「理想の家」かつ「完璧な家」
Una casa ideal y una casa perfecta.
なんでしょうね。


Presented by“すみ”

日曜日の朝は、テレビを見ながらエクササイズ。

日曜日の朝は、NHKテレビを見ながら
ダンベルを使ったエクササイズをします。
まずは「野菜の時間」から始まって、
「趣味の園芸」などをはさんで、
「新日曜美術館]まで。


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ある日「新日曜美術館」で取り上げられたのが、
石田徹也さん。
私は、エルンストとか、サルバドール・ダリといった
シュルレアリスムが大好きなので、
ちょっとのことではビックリしないんですが、
この番組で紹介された絵画は、
かなりショッキングでした。


静岡で1973年に生まれ、
ムサビの視覚伝達デザイン学科を卒業し、
イラストレータとして仕事をしながら、
「自分のためだけに良い絵を描いていきたい」
との思いを強くし、アーティストへと変貌してゆく。
…しかし、2005年に31歳の若さで亡くなってしまいます。


練馬区立美術館で、
石田徹也?僕たちの自画像展?
が開催されていたので、雨の日曜日に行ってきました。


彼の70点にも及ぶ作品を目の当たりにして。。。。


観覧者は、かなり消耗します。
観ることに、相当のエネルギーを必要とする作品たちです。
作家本人は作品を“ユーモア”のあるもの、というけれど、
毒気はかなり強く、“ウィット”もしくは“ブラックジョーク”
と言った方が言葉の上では適切なのかも知れません。
ほとんどの作品に登場する虚ろな目のオトコ。
や、他のものと合体する表現からは、
カフカの「変身」をビジュアル化したかのような「不条理」感が漂います。
また、彼がファインアートではなくて、
“他人に受け入れられることを前提とする”
(※練馬区立美術館副館長、よこやま・かつひこ)
デザイン学科を卒業した。と言うことも、
観るモノの気持ちに入り込んでくる理由のひとつかも知れません。

非常なインパクトを持つ石田徹也作品は、
不条理好きな人は(笑)、必見です。


「石田徹也?僕たちの自画像展?」
は、練馬区立美術館で、
12月28日(日)まで開催しています。


Presented by“すみ”

帰国の朝、ホテルから空港に向かう途中。

すっごいスピードで、前の車にぴったりくっついて走らせる
タクシーの車中で、その当人である運転手さんが、
「また、スペインに戻って(VOLVER)くるんだよ。」
なんて言っていました。
今から、日本にVOLVERするところなんだけどなぁ?。
でも、まぁ、泣かせるねぇ?。
と思いながら、
「また、近々ね。ありがとう。」
といってタクシーを降りたのでした。

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なんか良いものだなぁ?。
なんて呑気に考えていたけれど、
人にとって「VOLVER」すべき処。
って、一体、何処なんだろうか?


丁度、スペイン内を鉄道で移動する時に読んでいた本は、
ジュンパ・ラヒリさんの「その名にちなんで」
これは、ABCD(=American Born Confused Deshi)
つまり、アメリカ生まれで、混乱したインド系の人間。
を背景とする物語です。
両親のようにはインドへ親しみを感じないけれど、
さりとて、何代にも渡ってアメリカに住んでいる
アメリカ人のようにもなれない、解らなさ。
そんな背景を背負って、自分の拠り所を探す。
といったストーリーです。
言い換えると、この小説も
「VOLVER」すべき処。探し。
と、言えるかもしれません。


「VOLVER」すべき処。とか、
心もとない不安定な状況。とか、
旅。というと、やっぱり、思い出すのは、
日本人なら以下の文章かな?


"...Ceaselessly the river flows,
and yet the water is never the same,
while in the still pools the shifting
foam gathers and is gone,
never staying for a moment..."
           Kamo no Chomei, Hojoki
行く川の流れは、絶えずして、
しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消え、かつ結びて
久しく留まりたる例なし。
「方丈記」鴨長明


"...The moon and sun are eternal travelers.
Even the years wander on.
A lifetime adrift in a boat,
or in old age leading a tired horse into the years,
every day is a journey, and the jorney itself is home..."
          Matsuo Basho, Narrow Road to the Interior
月日は、百代の過客にして
行きかふ年も又旅人也。
舟のうえに生涯を浮かべ
馬の口をとらえて
老いを迎ふるものは、
日々、旅にして、旅を栖とす。
「おくの細道」松尾芭蕉


もしくは、室生犀星「抒情小曲集」

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや 
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや


なんか、この文章を読むと「VOLVER」すべき処。
って、すごくフラクタルなモノのような気がしてきます。
「場所」とか、箱としての「建築」ではなくて、
「味わい」とか、「雰囲気」といった非常にメンタルなモノ。
もしくは、あなたの腕の中。といった人由来のちいさな場所。
のように思えてきました。

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スペインで、ず?っとお世話になった通訳さんは
「僕は、スペイン人だけど、心の中は日本人だよ。」
みたいなニュアンスで喋るし。笑)


デジャビュで観る風景って、帰ってきたよ?。
という「VOLVER」感覚、ありますものね。


だから、やっぱり「VOLVER」すべき処。
って、地名とかではなくって、自分の心の向かっていくところ。
という抽象概念。
っていうのが正解なのかもしれません。


Presented by“すみ”

スペイン国内、5時間以上かけて列車に揺られた一人旅で思ったこと。

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スペインでの仕事では、
ワッと、多くの人と仕事をした次の日に、
急に一人になったりする。
という急激な人間関係の粗密のギャップを体験する。
という機会がありました。
そんな状況の中、
“人との付き合いって、そのこと自体がエネルギー”
ということをひしひしと感じたのです。


スペインの人(の多く)は、
大きな声で、沢山のことを、すっごい近距離で喋ったり、
会った時に交わされるベシートに代表されるように、
非常にエネルギッシュに人との関係性を持ちます。
かたや、
プライベートの時間まで顧客と居るべきではない。
ということを、同じ頭の中で同時に発想するのです。

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これは何なのだ?
と、考えるに、
人との関係性をおざなりにはしない。
というコトなのではないかと、思いました。
人との関係性におけるエネルギーは、例えば
「思いの質量」×「思って過ごす時間」(一緒に過ごす時間ではない)
などという、公式になるんじゃあないのだろうか?
と、思ったのです。
まぁ、だからって数値にはならないんですけどね。(笑)
いずれにしても、
薄いけど、長い付き合い。
とか、
深いけど、すぐ別れちゃった。
みたいなことではなく、
“もっともっと大きなエネルギーで人と関係する。”
ように自分はしたいものだ。
と思いました。


Presented by“すみ”

「和」の魅力

こんにちは、大坂一郎です。
今日は大阪支店の「たまに赤鼻のトナカイ」氏に、「和」の魅力について語っていただきます。


”今、日本は外国からさまざまな文化、商品、技術を取り入れて成長し続けていますが、日本には元来「和」という優れたモノがあると常々思っております。
日本の「和」はデザインに関しても海外からの評価も高く、展示会の分野でも取り入れられる事も少なくはないのです。

昨年、新婚旅行のついでにミラノサローネへ行って来たのですが、時折ブース内に日本のデザイン(日本絵画や模様)が取り込まれているのを見かけては、
「やはり日本の『和』は世界に通用する文化だ!」と興奮していたのを覚えています。

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↑ミラノサローネ2007Cassina booth より

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↑バルセロナで見つけたシャッター装飾(何か変・・・。)
 
日本のデザイナーも、風呂敷や和紙等古くから日本で使われていたモノに目を付け、新しい息吹を与え、デザイナーズブランドとして発信しています。
海外の文化・商品に目を向けることは良いことですが、日本には他の国には無い優れた所が沢山あり、底知れぬ可能性がある事を日本人として常に心に抱いておきたいと信じ、私はその「和」の魅力にいつの間にか魅了され追い続けているのですが・・・。

あっ、追い続けていると言っても文化や形式を追っている訳でもなく、今はただ普段着ているモノやグッズになどに「和」のテイストが取り込まれているアイテムを好んで身につけている程度です。

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↑お気に入りのシューズ
 
そんな私がコレから来るであろうと注目している「和」のモノはクラシックパンツです。

そうフンドシです。

私自身まだ持ったことすら無いのですが、通気性や強度等を考えると、古くより昔の人々が長く愛用していたのかが伺えるメリットがたくさんある・・・ような気がします。

今の形にデザインや機能的な要素を付け加えた商品が市場にあがれば、下着業界に革命が起こりそうな感じがします・・・。

まぁ、それはあくまでも私の想像上だけでの話しですが、、、。”

アソビ、ニアリーイクォール、ベンキョウ。

大坂一郎さんの大阪支店に負けじと
東京のクリエイティブ・スタッフも、
日夜スキルアップに努力していますよ。 


夏の終わりに受けた某試験終了後、
プールへ、映画館へ、コンサートへ、と
文化活動(あ、一部スポーツが含まれていますが。)
にいそしみ、一足早い文化の秋を謳歌しています。


ロードショウで、「崖の上のポニョ」と「20世紀少年」という
2大話題作を、早速観てきました。


DVDでは、「人のセックスを笑うな」と「転々」を観たり、


BLUE NOTE TOKYOでCANIZARESというギタリストの
“Noches de Iman y Luna”?Guitarra Flamenca?を聴き、
次の週には有楽町の「東京国際フォーラム」で開かれた
東京JAZZ 2008」へ。


それにしても、最近
アラフォー(around 40)が元気なように思います。
(狭義では、40代女性と言うことですが)
「崖の上のポニョ」では、作画監督さん、美術監督さん。
「20世紀少年」の唐沢寿明さんの実年齢や、
登場人物の年代設定は、まさしく今現在40歳周辺です。
「人のセックスを笑うな」では、永作博美さん。
「転々」では、小泉今日子さん。
スペインのギタリストのCANIZARESも。


元気と言えば、
オリンピックの水泳選手にも居ましたね。
アメリカのトーレス選手。41歳。
あ、そうそう。
このブログ「Creator’s Eye」のライターの内、
半分が、男性アラフォーだったりもします。笑)


団塊の世代や、団塊ジュニア世代ほどではないけれど、
東京都下のベッドタウンに溢れかえった世代ですから、
それこそ1学年、12クラス。
なんて信じられない数の仲間が居ました。
塾だ、習い事だ。
なんて大騒ぎしない時代なので、
放課後の自由な時間はたっぷりありました。
たけのこ族の“はしり”だし、
大人になってからは、先日一夜限りで復活した
ディスコ「ジュリアナ東京」のメインユーザーが
まさしくアラフォーですね。
そんな、こんなで、
仲間とつるむのは、大好きなわけです。


で、しょちゅう、多くの人間に囲まれてばっかりだから、
一人の時間も、大切にしたい。
アラフォーの性格設定としては、
大人数でも遊べるし、一人でも遊べる。
といったものです。
たぶん。
きっと。

「20世紀少年」のストーリーの発端は、
同窓会からはじまるのですが、
奇遇にも、私も少し前に
同窓会に参加したんです。
それまで、何十年も勝手に過ごしてきたのに、
集まる時は、何故か思い切り、集まります。


随分年とったなぁ?先生かと思ったよ。というタイプと、
若いねー、俺も若いけど。笑)
ってのに二分されるんですね。
その違いは何なんでしょうね?


いちばん変わってなく若かったのが、
地元で農業をやってるK君。
子どもの野球チームの世話をしてるのと、
毎日、カラダを使って仕事してるのと、
そして、なにより、
やっぱり!気持ちが若いのが、
若さの秘訣なんでしょうね。


何をするにも、楽しんで
朗らかで陽気に過ごして、
若々しくいたいものです。


Presented by“すみ”

和をもって尊しとする国の人が、スペインで仕事をするということ。

前回のエントリーで、触れましたが、海外の協力会社による施工物件。
というのが、今までの業務と一番違うところです。
クライアントは日本人なので、計画及び基本設計までは、
国内で行いました。
で、スペイン国内法規対応、施工方法調整、素材選定、
実施予算調整とバリューエンジニアリング。
などなどを含めた実施設計フェーズから、
スペインのゼネコンと協働作業となります。


そうなるだろうとは、当初からイメージしてはいても、
イメージ以上に大きなギャップだったのが、
ある種の「日本との距離」。


そういった意味で、この物件のテーマは、
コミュニケーションにあった。
といっても良いかも知れません。


さまざまな調整先。
多層構造の顧客。
現地の建設・展示会社やプロバイダー。
レストラン出店者。
お茶の供給先。
現地でお世話になった通訳の方。
サラゴサの地元の方々。
博覧会公社。
日本人、スペイン人共に、多くの人とのコミュニケーションを
行うことが、仕事の大半を占めると言う状況。
と、いっても過言ではありません。


2名の大学の同窓生と、この物件で奇しくもご一緒する機会を得た。
ということも、結果的に面白いコミュニケーションの表れ。
と言えるかも知れません。


その中で、一番印象的だったのが、関係性における”対立”の概念。
丁度、私が感じたことを村上龍さんがエッセイの中で書かれていたので、
抜粋してみましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アメリカと、西ヨーロッパ先進国に於いては、
個人でも、国家でも、関係性の基本は“対立”にあるといわれる。
日本社会で“対立”とは、喧嘩とか仲違いと誤解されやすい。

“対立”が関係性のベースという意味は、
私とあなたは違う人間だから、意見の違いがあるのが当たり前だ。
と、いうことで、別に喧嘩腰になることではない。

日本社会では、集団内における個人の均一性が重要視され、
個人は集団に溶け込むことを要求されるところがあるので、
関係性における“対立”という概念が希薄だ。

本当は、人間は誰とでも基本的に“対立”していて、
利害が一致するときに、仲良くなったり、
グループを作ったりするだけなのだが
日本社会では、“対立”があると、それだけで問題となりがちだ。

      村上龍「ハバナ・モード?すべての男は消耗品である。Vol.8?」より抜粋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レストランで、食事をする時とか、
観光地を回る時って言うのは、
“対立”という関係性は、勿論ないのですが、
ビジネスの面になると、この概念がとたんに顕れてきます。


ニコニコと友好的でありながらの、基本的には“対立”の関係。


概念の話というのは、なかなか
上手く伝わらないかも知れませんので、
コトバをもう少し重ねさせていただきます。
日本で、“対立”というと、お互い背を向けて、
プイッと“拒絶”する感じですが、
向こうの“対立”は、しっかり向き合って、
“よし、お互い歩み寄れるか話してみようよ”という感じです。


コロンビア系スペイン人の清掃のお姉さんたちは、
こちらが、スペイン語を少しでも話して、
彼女たちの話を、一所懸命聞けば、
それだけで、途端にフランクになってくれました。
最後には「愛しい人の言うことなら、聞くわ?。」
と、言いながら、かなり丁寧な仕事をしてくれました。


帰国してから、暫くイタリアにいたことのある方にこの話をすると、
「今、イタリアは口頭試問による卒業試験。
彼らは、試験官に繰り返しperche?なぜ?を繰り返されます。
だけど、彼らはそれを、意地悪と捉えるのではなく、
その“対立”を如何に楽しみ、周りの拍手をさらうことが出来るか?
に注力します。
そのperche?(何故?)に対する、
Perche.(何故なら。)に答え、挑む中で、
自分のidentityを再認識するのです。
自分のidentityの認識があってはじめて、
“対立”を拒否するのではなく、
他を尊重する気持ちが育まれるのです。」
というお話を聞きました。


また、別の暫くアメリカにいたことのある方の話では、
「私が知っているアメリカ人夫婦の会話の8割が、
I don’t think so,から始まるんです。
私は、そうは思わないけれど、というやはり“対立”
を認めた上での会話、ということなのです。
『解りあう』というか、『違うことを認識すること』
で、相手が大切で、かけがえの無いものであることに気付き、
優しくもなれるんじゃあないだろうか?」
というお話でした。


以前記事に書いた、「同感」と「共感」にも通ずる
彼の地と日本の概念の違いは、かなり根の深いもの。
なのだなぁ?と、思ったのでした。


Presented by“すみ”

スペインのサラゴサと言う街で、EXPO ZARAGOZA 2008が、オープンしました。

スペインのサラゴサと言う街で、
EXPO ZARAGOZA 2008が、オープンしました。
この博覧会は、「水と持続可能な開発」をテーマとした博覧会です。
愛・地球博の次に開催される国際博覧会であり、
広い意味では、愛・地球博同様「環境」について
考えるきっかけとなることを意図しています。


私は、ほぼ2年間、この博覧会の
「日本館」のお手伝いをさせていただきました。


海外のクライアントの仕事を、日本国内で実施する。
という経験はありましたが、
海外での設計監理は、実質初体験でした。


パビリオンの展示エリアは、2つのゾーンで構成されています。


<ゾーン1>は、正面及び両側面に展開する大画面のシアター。
映像のクライマクスで…スペクタクルが…
…あ、ネタバレになってしまいますので止めておきましょう。


<ゾーン2>は、お茶を飲みながら散策するインスタレーション空間。
「水をめぐる危機的現実」や、
「生き物たちと水の関係」をテーマとする
映像コラージュのような体感空間です。


パビリオンや、博覧会の概要については、
ホームページに掲載されていますので是非ご覧下さい。


サラゴサ国際博覧会
サラゴサ国際博覧会 日本館
2005年国際博覧会 愛・地球博
国際博覧会協会BIE


次のエントリーで、スペインで仕事をして思ったこと。
などを書いてみたいと思います。


Presented by“すみ”

健康診断の季節

こんにちは、大坂一郎です。


6月はムラヤマ社員の健康診断の季節ですが、
大阪支店の「楽歳」氏からの健康に関する雑感を紹介します。


”厄年こえると、病が気になる。
「睡眠時無呼吸症候群」聞くたびに、自覚症状がないので、俺は大丈夫?と不安になる。
強い眠気がする・・・
大学病院に泊まり込んで検査・・・
太ってるとなり易い・・・
寝る姿勢で治る・・・
悪化すると深刻な問題が・・・ 等々


断片的な情報だけで、よくわからない上に、なんとなく怖いので、
避けてきましたが、一気に解決。

病院のロビーで、"在宅で検査"のポスターが。
何と、最近は携帯型の機器があるそうな、ありがたや。


早速、申込むと病院も借りてくるそうで、日時を決めて待機。
不安の為、どのような治療があるのか聞くとマウスピースをつけて寝る。
治療用機器を付けて寝る。
手術。と、症状で色々、治療法はあるらしい。


更に、聞こうとすると一言。
「不安がらずに、話は診断結果が出てから。」


数日後、機器を受け取り。デジタル表示のある本体に、指先のセンサーと、
鼻の呼吸検出カテーテルを、接続する。


ちょっと、変身ヒーローぽくってドキドキ。
後は、寝るだけ。妙に緊張して寝付けません。
機器を返却して、診断待ち・・・。


「時々、止まってるけど、軽微だから横向きで寝てればいいよ」

あー、晴々する。
この安心感が3000円って、安いです。
眠気のある人は、単なる働き過ぎか、無呼吸症か、すぐわかります。

家族に指摘されている人も、ふらーと病院へ。”

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大阪名物・・・・・・

こんいちは、大坂一郎です。

「学天則」からのロボットつながりではないですが、
大阪支店の「大阪ジロー」氏からおたよりがあったので紹介します。


”7月8日、「大阪名物・・・・・」の閉店に伴い、あの人形が姿を消します。
さて、あの人形、
道頓堀のあの場所にあってこその「くいだおれ太郎」だと、個人的には思っています。


写真を見ていただくとおわかりのように(ケータイのカメラで撮った写真なので・・・・)
道頓堀は目立ってナンボみたいなノリで、看板・サインが非常に雑多です。
しかも、店や施設の入れ替わりサイクルが非常に早く、日々変化し続けているという感じです。


しかし、例の「かに」「ふぐ」「くいだおれ人形」はいつもの場所にあり続けています(私が物
心ついた頃からですが…)。
激しく変化し姿を変える道頓堀が、道頓堀であり続けている「記号」がそこにあるのです。
もし、この3つが全て無くなったら、そこは「道頓堀」という地名の「無秩序な街」になってしま
うのではないかなァ…と、考えています。


仕事でプランをするとき、その空間にあり続けている物を
「邪魔やしぃ、新しいモン提案しよっ!」とか
「汚いしぃ、きれいな空間作りたいから、捨ててまお」とか、よくある話ですよね。
けれども、そこにあってこそ意味のある物がやっぱりあるのではなかろうか?と、
今回の「くいだおれ」の事で感じた次第です。


この思い、これからの仕事につなげていかんとアカンよなぁ…
たかが人形、されど人形です。”


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写真1:おなじみのネオンです。相変わらず節操がない風景です。でも好きです


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写真2:道頓堀界隈の風景です。日々街の風景が変わるほど変化し続けています。


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写真3:遅い時間にもかかわらず、囲まれています。人気モンです。


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写真4:今日も「くいだおれ太郎」は、ファンキーでご機嫌なダンスを道行く人たちに披露し続けています。

熱いぞ!!科博

・・科博・・・
ご存知でしょうか?


yes「国立科学博物館」の事です。
所は東京上野、薩摩の西郷ドンもおわす上野公園に在ります。


身近にありながら知らない所って結構ありますよね。
そんな内の一つが何のお導きか・・知ってしまったその日から恋の花咲く、ラブ&ぴーす
 がが、画面の前にいるお方、もぅ少しのご辛抱を。。


私が初めて科博を訪れたのは去年の秋でした。
次の予定まで空き時間があり、上野に居たので美術館でも行こうかと思ったのですが
1時間程しか見られないのは勿体無いなぁ?とブラブラしていたら、科博の前を通ったのです。
今思うと呼ばれたんですかね。。。一体ぃ誰に??


ま、入場料600円だし、いっかぁーと軽い気持ちで入場しましたら、、
そこは魅惑のミステリーゾーン!!
何に驚いたかってまず、広???いんですよ。後から知ったんですが、
日本館が地下1階地上3階・地球館は地下3階地上3階とおまけに屋上まであるんです。
広すぎて初回はその全貌を見ることすら叶わず。


入場してすぐは日本館。この日本館、展示品もですが建物の美しさに目を奪われます
『昭和5年完成。ネオルネサンス様式を基調とした建物で飛行機型のデザイン』(パンフレットより)
だそうです。詳しい事は判りませんが、中央部分が吹き抜けのホールになっており
階段や手すり、ステンドグラス越しの採光など、古くて新しい香りが満ちています。


肝心の展示内容ですが、正直書きつくせない程に充実しています。
地球館が「地球生命史と人類」、日本館が「日本列島の自然と私たち」
というテーマで生き物から宇宙・日本の生い立ちや科学・・etc
これでもかぁ?と惜しみなく素晴らしい展示物が整然と居並んでいます。


ちなみに私がグッッときたのは、昆虫達でした。その美しい色・形に目が黄金虫張りになりました。
小さいながら懸命に生きてきた姿に心打たれます。
ゴキブリも虫ピンにささり展示されていました・・・ちょっと後ずさり。


虫が苦手な方もご安心下さい。探そうったって簡単には探せないのが、科博!!
是非一度行ってみて下さい。6/22まで特別展(別料金)「ダーウィン展」開催中です。


身近なようで知らない日本の事。地球という星
触れてみるには600円と歩きなれた靴が必要デス


久々登場、マーガレットあんでした。

忙中姜あり? 忙中閑あり!

忙中姜あり。


スペインの現場に、少し前から姜さんが監理として入っています。


滞在した時に朝食で食べた、姜さんの作ったキムチ!
美味しかったです。
忙中姜さんあり。キムチ作る閑だけは完璧に守る。
といった感じでしょうか。
次回も、是非食べさせてくださいね!!


現場は、いよいよ佳境を迎えつつあります。


忙中閑あり。
の中、いつもスペインでお世話になっている
ラーメン好きの通訳さんと現場に向かう途中話しました。


日本語と言うのは、
ニンゲンにとって最も
「合理的で感覚的にマッチする言語」
というのが、彼の持論です。


人間が持つ感情や、その場の状況を、
もっとも合理的に、コンセプチュアルに
表現できる言語が、日本語である。
ということです。
このときに、ちょっと面白いのが、
合理的であるということと、
感覚的であるということは、
相反する概念ではなく、
むしろ同じ文脈の中にある。
というところに“も”あると思いました。


スペイン人である彼が、
日本のことを本当に良く知っている。ということと、
それ以前に、日本のこと本当に好きなんだなぁ。
というところが“まず”面白いんですけれどね。


感覚的に訴求する文字。という意味では、
東巴(トンパ)文字なんてのも
面白いんでしょうけどね。
ひらったくいうと、絵的。


そうそう。
絵的。


といえば、先週の出張で泊まった部屋も、
妹尾河童さん風、間取り俯瞰の図。
1点透視で、借りていた部屋をスケッチ。
してみました。


2G%C2%A5ESC2.jpg


前回。
前々回。に引き続いて、
SUITES APARTAMENTOS
'LOS GIRASOLES'
Habitacion No“2G-ESC2”


一人で滞在するには、
もっとも手ごろで、快適なサイズかも知れません。
なんてったって、前回のようなシャワーのみではなく、
con Una banera
浴槽(ジェットバス)付きですから!


忙しくてっも、心を亡くさないで、
キムチを作ったり。
スケッチしたり。
といった閑を大事にしたいものです。


Presented by“すみ”

限りなく青い世界。

以前、まだ図面を描くのに、ドラフター
を使っていた頃は、日本の喫煙率って
今よりも、随分と高かったように思います。
かく言う私も、相当のヘビースモーカーでした。


当時は、コンピューターではなく、
ドラフターという製図板に、鉛筆で、
図面を描いたものです。


この、ドラフターの下に、鉛筆や消しゴムを置いておく
ちょっとしたくぼみがあるんですが、
くわえタバコで図面を描くものだから、
消しゴムのかすよりも、タバコの灰のほうが多かった。
なんて、冗談のような愛煙家だったのです。


同業の乃村工藝社さんにいらっしゃったことがある
作家の筒井康隆さんが「最後の喫煙者」という小説を
同時期に書かれていましたが、
「皆が揃いも揃って、禁煙するなんてこと、絶対にない!」
と、私は、本気で思っていたものです。
そう考えると、筒井さんという作家は、
本当に先見の明があるんですね?。
と、感心しきりであります。


閑話休題。
JTさんのマイルドセブンのプロモートとして、
六本木aiさん
渋谷club camelotさん
という都内でも屈指のクラブでの環境演出
を手伝わせていただきました。

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上2点:六本木ai


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上2点:渋谷club camelot


メインデザイナーは、4月で2年目になる
わが課のホープ。
名前からすると、スターのほうがマッチするんです。
なんてったって、星川。さんですからね。
かなり、頑張りました。


写真撮影は、勿論。
SWCことJ-LIGHTSの板村さん。


空間のキーワードは、
“いごこちのよい”贅沢を堪能できる
“もっと広がる青い世界”


さらに「深海」を空間イメージの核に据えました。
深海の神秘さや、美しさ。
クラブならではの非日常感。
マイルドセブンのパッケージとのさりげない連動。
に、留意して計画、デザインから、
設計、施工までをお手伝いさせていただきました。


楽しい仕事に参画させていただいて、
幸せ者であります。


Presented by“すみ”

あなたに会えて、目が嬉しい。

何回かのスペイン出張に行くうちに、
すこしづつ、本質的な意味での
日本とスペインの違いとか、
日本の素晴らしいところなどが、
わかるようになってきました。


以前は、ヨーロッパは素晴らしくて、
日本は劣ってる。
なんて思った時期もありましたが、
なんのその!
日本も素晴らしいです!


たとえば、
湯船から、ざぁっと湯をあふれさせて入る風呂。
風呂に入るプロセス。
入った時の爽快さ。
水に対する考え方そのもの。
瑣末で、極端な一例ですが、
これは、実は素晴らしいことです。


3月になって、再びスペインに行ってきました。
ざあっと湯を溢れさせて、入る風呂は無理にしても、
前回のように、ジャグジーの付いてる風呂に入れるだろうと思いきや、
あれあれ。
シャワーブースしか付いてない部屋での滞在でした。


1H-ESC2.jpg


以前の部屋と比べると、半分位の広さでしょうか?


いつもお願いしている通訳さんと、イタリアンを食べながら、
スペイン語と、日本語について話しました。
天気のことも、時間のことも同じ“tiempo”と言う言葉を
使うことについて、とか。
スペイン語って”韻を踏むのが好き”なのではないか?
などといった話をしました。


通訳さんはというと、
「日本語って”可愛い表現”が多い!」とのこと。
あらあら。
もしもし。
ぼちぼち。
などなど。笑)


でも、スペイン語だって、
Asi asi(ぼちぼち)
Vaya vaya(やれやれ)
Si si(はいはい)
Vale vale(了解了解)
なんて、あるじゃあないですか?。
Poco a poco(すこしづつ)
なんて、とても可愛らしい言い回しですよね。
などと、話したのです。


ペキェーニョ(小さな)スペイン語教室の最後に、
会ったときの挨拶で、とても“詩的な表現”
というのを教えてもらいました。
Dichosos los ojos.
あなたに会えて、目が嬉しい。
といった意味。
う?ん、詩的でかつ、素敵。


あ?、やっぱり韻を踏んでるじゃあないですか!
というと、複数形だから。とのこと。笑)


結局。
“その国のイメージ”のようなものを
各人が、コトバのなかでも感じ取って、
増殖・発酵させている。
結局は、言葉にしても、何にしても、
解釈と言うのは、係わる人間の数だけある。
人間は、見たいものを見。
信じたいものを、信じる。
ってことのようですね。


結論。
日本語も、スペイン語も、
かわいいし、韻を踏む。
…ことがある。


Presented by“すみ”

さよなら 三木鉄道・・・・・・

こんにちは、大坂一郎です。


東京本社での「ムラヤマ文化祭」は盛り上がったようですが、
文化祭向けなキャラクターの、大阪支店の映像の巨匠「ミスターF」さんより
お便りがありましたので、紹介します。


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”「さよなら三木鉄道」

超ローカルな話題ですが、兵庫県の私の実家から歩いて1分、
走って30秒以内のところに、今、一部で話題の三木鉄道「三木駅」があります。


三木市の出資する第三セクターであるこの三木鉄道は、今年の3月31日に廃止
が決まり、92年の歴史に幕をおろします。産経新聞の夕刊では「さよなら三木鉄
道」のタイトルで1週間の連載があったり(きっと関西版だけ)、ヤフーの検索では
約384,000件のヒットがあり、あっちこっちのブログの書き込みで盛り上がっており
ます。
要は、久しぶりの路線廃止として、鉄道マニアには大きなイベントになっているよ
うです。


以前、ここは、国鉄三木駅として、人だけでなく貨物の拠点として様々な荷物の取
り扱いがあり、運ばれる牛や馬が多数つながれていたり、お菓子の箱が大量に積
まれたりもしていました。
ですので、幼い頃から、何かというと目的もなしに駅に遊びに行ったものでした。


私が、初めて8mm(ビデオじゃなくてフィルム)映画を撮影したのもこの三木駅で、
駅に許可をもらって自主映画のメイン舞台にしたこともありました。
また、三木市民は映画を神戸に見に行く人がほとんどでしたが、わたしは、この国
鉄三木駅から加古川の(って知ってる人も少ないけど)古い映画館へ足を運んでい
ました(すいているのがなにより魅力で)。


というわけで、私のなかでは、昭和60年に国鉄三木線が廃止になり、三木鉄道株
式会社になった時点で、様々な思い出が巡るこの鉄道への想いも終わっています
ので(今じゃバスみたいな列車が走ってます)、いまさらの感が拭えませんが、とり
あえず、最後の駅舎の姿は目に納めようと娘と帰省の準備をしています。


3月1日から記念イベントが始まりますので、興味のある方は「金物のまち三木」へ
いかがでしょうか。"
 
詳細は三木市HP「ありがとう三木鉄道記念フェア」をご覧ください。
http://www.city.miki.lg.jp/index3.html


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ありがとう。

おとといの朝。


茅ヶ崎に住む伯母が危篤になったと、
母から電話がありました。


昨日。


お見舞いに行くために出かけたのですが、
その途中で、伯母が亡くなったと、
連絡を受けました。
最期に会うことが出来なかったのが
非常に悔やまれますが、
大正9年生まれ、満88歳で、
自宅で老衰。
という死でしたので、
幸せな最期だったのでしょう。


教師一筋、でやってきて、
とても厳しくて、頑固で、
久しぶりに会っても、なにか一言、二言は、
まず間違いなくオコゴトを下さるような方でしたので、
小さい時には、ちょっと得意ではない伯母でした。
でも、少しからだが弱ってくると
強かった頃の伯母を懐かしく感じたり…。
伯母に対して、身勝手に甘えていた。
ということを痛感しました。
そうそう、
随分可愛がってもらっていたんです。


朝礼で、部員の一人ひとりが
簡単なスピーチをするのが、週はじめの恒例になっています。


今朝。


私の当番でした。


仕事を進める上では、何より“コミュニケーション”が大切。
と言う話をしました。
上手くいかない仕事を振り返ると、
必ず、ディスコミュニケーションがあります。
その多くは、
自己主張が先に立って、権利を主張しすぎたり、
他者に向かっては、義務を押し付けたり、
相手の落ち度を追及する。
ってことが往々にしてあると思います。


方や、良い仕事を進めているときっていうのは、
そこに参加している人に対して、
そこに参加してること自体に対して、
感謝する気持ちがある。
と言えそうです。
その上で、お互いのインスピレーションを刺激しあったり、
イマジネーションの相乗効果が生まれたりするものです。


明日。


気持ちよく、会話が出来ること。
良い気が流れていること。
共感の土壌の上で、笑顔でいられること。
そして、
感謝の気持ちを忘れないこと。


仕事の上だけではなく、
さまざまなコミュニケーションにおいて、
刺激的で、快適で、良好であるように願ってやみません。
合掌。


Presented by“すみ”

スペイン出張では、ウイークリーマンションで過ごす。

1/21から昨日の1/28まで、
スペイン出張に行ってきました。
朝9時から、夜の9時まで打ち合わせ。
まぁ、途中2時間ほどのランチを挟みますけれど、
…さすがに疲れました。


ちなみに、朝食7時から8時。
昼食14時から16時。
夕食21時から24時。
というのが、スペインでの
私たちのスタンダードな食事時間でした。


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スペインの料理って、とっても美味しいんですが、
日本の料理に比べると、腹持ちがとっても良いんです。
で、かつ、そのボリュームときたら、
半端な量ではないので、下手をすると夕飯の時間まで
おなか一杯。
ということも、無きにしも非ず。


閑話休題。


私たちは、
同じ街に何日か滞在することになったので、
日本で言うところのウイークリーマンション?
イメージとしては、長期滞在型のホテル?
のようなところに泊まりました。


SUITES APARTAMENTOS
'LOS GIRASOLES'

Avenida Cesar Augusto, 27
50004 Zaragoza (Spain)


何日か同じ宿であるので時間が取れたことと、
夕食は部屋で少しだけ食べればよいや?。
なんて日があったものですから、
妹尾河童さん風、間取り俯瞰の図。
1点透視で、借りていた部屋をスケッチ。
してみました。


los%20girasoles.jpg


酔っ払って描いたので、
かな?り、ルーズな感じですが、
そこのところは、ご勘弁ください。笑)


日本では、こんな間取りのウイークリーマンション。
を借りることは、とても望めません。
スペインの国土は日本の1.3倍で、
人口は1/3位ですから。
余裕があるわけですね。
…それだけが理由ではないにせよ、
安くて、広い部屋を借りることが出来るのです。
まぁ、同じスペインでも、
マドリッドや、バルセロナでは、
同じ値段で借りることは、難しいかも知れません。


長期の、それも、異国での現場フェーズ業務では、
疲れて帰って過ごす時間は、
快適なものでないと辛いものです。
お客様に楽しく、気持ちよく過ごしていただく空間づくり。
をきちんと、全うするために、
スタッフの精神的、身体的な健康は、必須だと思います。


Presented by“すみ”

SAFE or OUT??もしくは、IN or OUT??

あけましておめでとうございます。


さて、私の性格自体がおちゃらけなので、
性格にマッチする、
お○カ系文具が大好きなのですが、
またまた、見つけてしまいました。


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ペンスタンド。
「SAFE」
「OUT」
セーフのお尻が、妙にセクシーです。
アウトも、思い切りがよくって、悪くないです。


1人だけじゃあなくて2人でひとり。
のような奴らです。


でも実は、最初どっちがSAFEで、
どっちがOUTか、よく解りませんでした。
え?
SAFEと、OUT?
INとかHITと、OUTではなく?


すっかり、
ペン側の視点で見ていたんですね。
言い換えると、オスの視点。笑)
ちょっとセクシャルハラスメント。
な発言でしょうか?
失礼致しました。


確かに、よく見てみると、
人形の視点では、SAFEと、OUTです。


閑話休題。


以前、日本人って、共感と言う概念が無い。
と言う話から、
同感と共感の違いについて、Sさんと
話をしたことがありました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日米の対比ですが、
日本人は誰かをなぐさめようとするときに自分の過去の経験を語って、
自分もそういうことがあったけど大丈夫、
だからあなたも…
と相手を導こうとしますが、
アメリカ人は相手と自分は違う人間、
よって同じ経験をしても感じ方、受け取り方は違うと考えます。


そこでどうするか、、、


あくまで相手の感情に共感するという姿勢をとります。


たとえば試験で失敗した人がいるとき
日本人は
「私も試験に落ちたけどそれで人生終わりじゃない、
次にまたがんばればいいさ」と励まします。


しかしアメリカ人は
「すごくがんばったキミを知ってるよ。
さぞくやしいことだろうね。そりゃあがっかりしたことだろう。」
と感情にそってあげます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同感と、共感について、
とっても解りやすく説明してくれました。


もっともっと、
今年は、相手の立場、と感情を受け容れて、
そのヒトの気持ちに寄り添うことが
出来るようになりたいものです。


本年も、どうぞ宜しくお願いいたします。


Presented by“すみ”

やりたいこと。欲望すること。求めないこと。

光陰矢の如し。
毎日が、あっという間に過ぎてゆきます。


この前、当ブログに、記事を挙げたばかり。
だと思っていたら、
ウエッブマスターの麻生さんから
「皆さん、お元気ですか?
恒例の更新催促(スパム?)のメールです。
月一くらいは意識して記事アップを、
義務化してみてください。」
とのエントリーアップの催促メールが入りました。


今週も、すでに週の真ん中を過ぎています。
で、先週も、同じようなことを感じていました。
で、1週間があっと言う間に過ぎていきます。
で、気がつくと来週は、12月。
で、ブログの記事を挙げたのを確認してみると、
…もう「ひとつき」経ってました。汗)
いやぁ、全然気付きませんでした。嘘)


1年も、
勿論1日も、
あっという間です。


次から次へと、色んなことをするものですから、
結構、濃い時間を過ごしているようにも感じるんですが、
同時に、なんか、不十分な感じ。
というか、満たされない感じ。
が、あることに気付きました。


やるべきこと。
やりたいこと。
やらなくてはいけないこと。
やることを求められていること。
やらざるを得ないこと。
やっても、やらなくてもいいこと。
やりたくないこと。
やってはいけないこと。


そこに至る
コンテクストにも因るんだろうけれど、
こういった価値判断は、
いつでも、丁寧にしなくてはいけない!
と、再認識。


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さて。
茂木健一郎さんの「欲望する脳」

加島祥造さんの「求めない」
読んでいます。


切り口や視点など、
そして、タイトルからして!!笑)
まったくと言ってよいほど、この2冊は違うんですが、
言わんとするメッセージの本質は、
実は、意外にも同じ。ではないだろうか?
と、感じています。


人間をはじめとする動物の欲望の根底には、
自他の区別がある。
欲望は、その基本的な形式において、
必ず自己とは峻別される「他者」に対して向けられる。
自他の区別が無くなれば、欲望もまた消える。
(茂木健一郎「欲望する脳」)


食欲性欲自己保護欲種族保存欲
みんな人間の中にあって
そこから人は求めて動く?それを
否定するんじゃないんだ、いや
肯定するんだ
五欲を去れだの煩悩を捨てろだのと
あんなこと
嘘っぱちだ、誰にもできないことだ
(加島祥造「求めない」)


「欲望」
「求めない」
「脳」
「心」
という4枚のカードを使ったカードゲームとか、
2人のシェフが作った、4つの料理を愉しんでいる。
といったイメージでしょうか。
2冊とも、とっても良い本です。

で、先程の
“いろいろとしているのに、満たされない気持ち”
というのと、
“自他との関係において「欲望」が発生する”
ということと、
“「体」が求めていることを「頭」は押しのけて、
「頭」だけで求めると、求めすぎる。”
ってのは、きっと、
同じ根っこなのかなぁ?。
と思ったのです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は一日たりとも、
いわゆる労働などしたことがない。
何をやっても楽しくてたまらないから
    エジソン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本来はこんな感覚で、すべてのことをしていたら、
満たされない感じ。
なんて感じないんでしょうね。


要するに、人に「求める」小欲はなく、
大志を心に、「大欲」を全うしているんですね。


私なんぞは、いかんせん、凡人ですから、
なるべく、全てのことを“楽しんでやる”
ように、精一杯努力“は”しています。


Presented by“すみ”

自転車に乗って、環境と街づくりについて考える。

昔?行った、自転車旅行のエントリー記事を書いたりすると、
どうにもこうにも、自転車を引っ張り出して、
実際に、乗りたくなりました。


非常にシンプルな精神構造であります。笑)


折りしも、雨上がり。
絶好の行楽日和。
また、丁度雑誌BRUTUS NO BIKE, NO LIFE
という自転車の特集で紹介されていた、
自転車のフリマの開催日でもありました。


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このフリマは、自然派生的に生まれた、
4月と10月の第3土曜日に、多摩川関戸橋で開催される。
という、かな?りo・ta・kuな集いであります。


カンパニョーロ、サンプレックスといったオールドパーツのほか、
手製のブレーキハンドルのゴム製カバーとか、
(女性が出店していた)お手製サイクリングキャップ。
ツーリング車だけではなく、ロードバイク、MTB、ピスト!
などなど、さまざまなフレームとパーツが揃った、
なかなか、マニアックな“お祭り”であったのです。


閑話休題。


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我が家から多摩川へは、東京の真ん中を南下することになります。
丁度、このルート上の調布北高校とか、
深大寺前を通る武蔵境通りには、
自転車と、歩行者の専用レーンがあります。
こういった道路は、使ってみると、やっぱり快適です。
バイコロジーって動きが、一時期流行しましたけど、
流行だから、とかそういうことではなく、
環境問題とか、高齢化社会などをを鑑みた上で、
広い歩道化、歩行者と自転車の分離っていうことは、
非常に清く、正しい、インフラ整備だと思いました。


同時に、この自転車レーンを走っていて、
バセロナで見た、ずっと太い自転車、歩行者の専用レーンと
芝生で緑化された!路面電車のレーンを思い出しました。

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自転車を通して、環境や街について考えるきっかけを頂いた
そんなポタリング(自転車散歩)でした。
この前のエントリーの「おち」にもなりましたし。笑)


あ?、気持ちよかった。


Presented by“すみ”

20年くらい前に、自転車旅行から学んだこと。

養老孟司さん的に言うと、
毎日毎日、変化し続ける自分が、
かつて行ったことを、
情報として固定化してみる。


ひらったく言うと、
後ろを振り返る、って訳ではないのだけれど、
あぁ、随分昔に、こんなことをしたよなぁ?。
と過去の自分を思い返すのも、
もしかしたら、悪くないかもしれない。
と、押入れの奥のほうにあった、
昔の写真を見つけて、思ったのでした。


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旅行に出かけると、思わぬ刺激を受けます。
五感からの入力がいつもより沢山ある状態。
旅行する当人だって、刺激を求めて出かけていますから、
もともと、入力に対して敏感になっていますしね。

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さらに、自転車とか徒歩の旅行ってのは、
刺激に対して、肌をさらしています。
次の入力(刺激)を追っかけて、ペダルを漕ぐこと、
イクォール、肉体を使うことが旅行の全てなので、
外部に対する反応は、ストレート。になります。
そして、入力と出力のループが繰り返されるほど、
ますます、情報(入力)と反応(出力)は、
ストレートでシンプルになってゆくのです。


別の言い方をすると、


ストーリーを体験する前と、した後での、
登場人物の変化を楽しむのが小説。
ということを聞いたことがありますが、
旅行という一連のストーリーを体験することによって、
自分が変わる。
ということを楽しむ。
のが、旅行の醍醐味だと思います。

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旅行の途中では、色んな方に良くしていただきます。


パンを買いに入ったお店で、
「あぁ、ちょうどお昼にするところだからご飯を食べて行きなさい。」
とか、無人駅で休んでいると、
特大のすいかや、ビールをご馳走になったことは、数知れず。

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どこかで、誰かに優しくされたら、
他の人にそのバトンを渡すんだよ。
なんて、おばあちゃんに教えてもらったり
するわけです。


旅先で美味しいものを食べるのは、
誰がなんと言おうと、勿論楽しみだけれども、
誰と知り合うのか?
どう知り合うのか?
どういう気づきを得ることが出来るのか?
ということの方がずっと大切だ。
ってことを、学んだのが、私の自転車旅行でした。


Presented by“すみ”

笑ってこられなかったので・・・

生活する上で‘笑える事’に重きをおく身において
笑いに行ったのに、笑えなかった・・というのは実に辛いものデス。。
皆さんそうだとは思いますが、「時間作ってお金払ったのに、何でなんだよぉぉ?」
と嘆く事しばし、、


先日、あるお笑いグループのライブに行き、さぁーこっちは笑う準備万端だよ??
と臨みましたトコロ、見事に空振りしました。しかし、会場内には爆笑が・・・
何故、どーして??関西系のお笑いにはついていけないのかしら?と思って周りを見渡すと
爆笑しているのは若いお嬢さんばかり也。
嗚呼??笑えない原因は地域格差ではなく、ジェネレーションぎゃっぷ!?ってやつ?
と更に嘆く事かなり、、、


ま、こんな状態をいつまで続けていても面白くないので
今度は趣向を変え、「芸術の秋を堪能?大人編?」を試みました。(勝手にですが)

 
先日、東京国立近代美術館で開催されている 
「平山郁夫 祈りの旅路」を鑑賞して参りました。


平山画伯については詳しくないので感想だけ歌にしてみます
‘人生の 深みを塗りこみ 落款す’・・・上出来2007秋
自己満足でスミマセン。
チケットは¥1300-、10/21(日)まで開催中。


絵画を鑑賞し歌を詠む。皆さんも大人ライフ(勝手にデスガ)如何でしょ?


以上、マーガレットあんでした。。


「改正建築基準法講習会」大阪だけじゃあないです。東京でも開催されました。

大坂一郎さんの記事での「改正建築基準法講習会」
東京でも、勿論!!
開催されましたとも!!


ムラヤマは、1級建築士事務所であり、
かつ建設業登録事務所でもあるのですが、
いわゆる建築。と言われる業務以外に、
ビッグサイトや幕張メッセなどで行われる展示会のブース。
や、イベント。なども手がけます。


で、この講習会では
展示会で設置されるブースは、「建築物」とは言えない。
なぜなら、「建築物」の定義は、
建築基準法2条1項1号に示されるように
「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの」
であるから。との見解が示されました。 


片や、愛・地球博では、
協会が建設するパビリオン(スケルトン)に、
出展者が(インフィルとして)増床する場合には、確認申請が必要でした。

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その時の解釈としては、
建築基準法6条1項の「当該確認を受けた建築物の計画の変更」
に該当するというものです。


どちらも、その通り。
法規を引いてみれば、なるほど!と肯けます。


法規は、解釈。
といわれることがよく解りますね。
ケンチクというのが、人間が行う行為である以上、
全てにおいて、どういった視点や、角度から見ても、
そうでしかない、ということはありえない。
ということなのかもしれません。
あ、ややっこしいですね。笑)


展示会で行われる建築“的”行為は、
展示会場毎で決められている、
かなり厳しく詳細なレギュレーションによって、
計画・設計され、設置されます。
だから、全くもって安全なんです。
念のため。笑)


建築基準法第1条。
「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する
最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、
もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」


私たちムラヤマは、この基本コンセプトを肝に銘じて、
建築においても、展示会においても、
イベントにおいても、安全と安心ベースに、
ヒトと自然に優しい空間づくりを目指しているのです。


Presented by“すみ”

許せない事件であることに、変わりはないのだけれど。

名古屋市で24日夜、帰宅途中の31才の女性が
拉致され、殺害された事件。

世の中では、嫌な事件ばかりが続いているけれど、
この国って、それほどまでに嫌な国なのだろうか?
この国って、そんなに嫌なヤツばっかりなんだろうか?


JMM [Japan Mail Media]で、高田ケラー有子さんが、
「犯罪とメディアの影響」という記事を
書いていたのを思い出しました。


高田さんが住むデンマークでは、
殺人事件についての報道はあまり行われないということです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゴシップ系の新聞や雑誌で取り上げられる事はあっても、
子どもの耳に入るような全国盤のテレビニュースでの報道は滅多にありません。
稀にあるケースとしては、犯人が特定できない場合や、
犯人が特定できているのに逮捕に至っていないケースで、
市民への警告と協力を仰ぐ意味で報じられる事はあるように思います。
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JMM:高田ケラー有子さん「犯罪とメディアの影響」より抜粋


片や日本では、毎日毎日、犯罪は増加し続け、
それも凶悪化し続けている印象を持つのは、私だけではないはずです。


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日本の警視庁のホームページから、東京で起こった殺人事件の数を見て、
逆に驚いたのは、殺人事件の件数そのものは増加しているわけではなく、
むしろ減っていることでした(日本全国でも減少しているそうです)。
平成17年の数字で133件でしたので、
デンマークとの人口比率を思うと、比較的低い数字ということにもなり、
ニュースを見て感じている日本の変化とこの数字のギャップに、
キツネにつままれたような思いがしました。
ニュースを見る限りは、なんだか犯罪数が増加している印象を受けていたのですが、
それは日本のニュースを最近になってテレビでも見る事ができるようになった、
浦島太郎的印象だったのかもしれません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
JMM:高田ケラー有子さん「犯罪とメディアの影響」より抜粋


私も、警視庁のホームページと、警察白書で、
犯罪件数と、殺人件数を確認してみましたが、
4年前に比べて、犯罪件数は5万件ほど、
殺人事件は3年前に比べると30件ほど、“減っている”
ことが解りました。


また、もう少し長いスパンで捉えると、
先の大戦終了後昭和20年代に、非常に犯罪率が高く、
その後、徐々に減少し、昭和50年が最も低くなり、
以降、増加はしたものの、ほぼ横ばい。
という状態です。


現在は、概ね、昭和20年代の半分に近い数値。
昭和30年から40年代に比べても、低い数値である。
と言うことも解りました。


まぁ、兇悪で残虐な事件や、犯罪数が増えてはいない。
ということは、個別の事件に関しては、
なんの慰めにも、ならないんですけれど。


さて、犯罪とか殺人が起こる理由って、
非常にシンプルに考えるならば、
ディスコミュニケーション。
にある。といっても差支えがないのではないでしょうか?


少し前に観たスペインの映画
私の数少ないボキャブラリが、
かなりの頻度で出てくることに気づきました。
¡ Hola !
¡ Buenos dias !
¿ Cómo está ?
Perdon
¡ Hasta mañana !
ハグして、両頬にキッス。
・・・・
要するに、あいさつです。
映画の中での会話は、あいさつだらけ。
といっても良い位でした。笑)


この映画でも殺人が起こります。


従って、
コミュニケーションの在り方。
ディスコミュニケーションの行き着く先の殺人。
がメッセージの重要な要素。
という捉え方が出来るかも、知れません。


また、例えば、エレベータで乗り合わせたときなど、


日本では階数表示を、皆でじっと睨んでいますが、笑)
スペインでは先に下りる人から、Luego (またね?!)
などと声が掛かります。


あいさつという、
“私はあなたを認めているし、あなたに危害を加える者ではない”
というある種のエクスキューズが、
きっちりと実行され、かつ、非常に大切にされている。
ということです。


私たちも、
小学校で「あいさつは、心のリボン」
とか「あいさつは、心の扉 開く鍵」
とかって、習いましたよね?。
大人になっても、
というか、
大人だからこそ、
きちんとしたエクスキューズが大切なのだなぁ。
と、非常にシンプルなことを、再認識しました。


Presented by“すみ”

鈍くなってきた

採用担当 なべ です。


昨日も暑かったですね。
動きも感覚も鈍くなってきます。
夏の茹だるような暑さに ぼーっとさせられながら
夕立ち でもこないかなぁ と霞んだ青空を
眺めたりします。


もっとはっきりした青空の下で遊んでいて 入道雲を発見し
さらに遊んでいるうちにあたりが暗くなり スカッとした雨が降っていた頃が
懐かしくなります。


昔は雨が降る前に「匂い」を結構感じました。
今もたまにはありますが、田舎ではもっとはっきりしてたと思います。
ついでに言うと 雪が降る前の「匂い」も。


昨日の会社からの帰り。
電車が駅に着き、ドアが開いた瞬間その「匂い」が。
あれっ と思いましたが空に雨雲も無く バスに乗って家へ。
家に着いたら妻が 夕立があった話 をしてくれました。
あの匂いはやっぱり雨だったんだ。


でも以前より感じ取る力が弱まっていると思います。
周りの自然の成り立ちが昔とは変わってきている事もありますが
どうも自分が 退化してきているようにも思えます。


視、聴、嗅、味、触の五感 と もうひとつ(第六感)。


これらが退化している?  そりゃ大変だ!仕事にも影響出てくるぞ。
自然の緑や山と係わりを深めて回復に努めてみたいと思います。
採れたての夏野菜を食すのも効果ありかな?


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家庭菜園(23区外の都内にある田舎?)のモノですが
なかなか しっかりした濃い味がします。
きっとある効果を期待して  いただきます!

「笑ってきました」

最近、お腹を抱えて笑った。。なんて事、ありますか?
私、あります。
笑ってきました。それも上質の笑いを体験して参りました!!
 
先月、東京よみうりホールで行われた
清水ミチコのお楽しみ会 リップサービス
ツアーファイナルに行ってきました。
 
内容を一言で言うならば、‘一流の芸’を見せる会でした。
正しく芸を見せる人すなわち、芸人デシタ。
ライブで感動するなんて久しぶりだったので、終演後「ぃや?いいもん見させてもらったねぇ?」
と、感慨深く夜の街に消えました・・・。
 
‘本物の芸人’なぁんて言うと、その定義は?、ってな事になるので
あくまでも個人的な意見を述べさせて頂きます。
 
私が思うところの、いい芸人さんとは己の力量でいかにお客をこちら側に引き込めるか。
だと思います。その観点からいくと、正しく清水ミチコさんの芸は本物であり、
お客である私は、のっけからズルズルと引き込まれてしまいました。
 
モノマネ・歌・ピアノどれを取っても上質!!
どんなところに目を付けるか?コレって凄い重要ですね。勉強になりました・・何の??
一流に触れるって、大切ですよね。
 
東京に勤めていると様々な娯楽が近くにあります。
自ら足を運び、秀作を選ぶ目を養い、そして大いに笑いたいと思います。
 
今月は新宿のルミネtheよしもとに、お笑いライブを見に行きます。
東西の笑いを満喫だぁ?
 
以上、初登場のマーガレットあん でした。

遍在から、偏在へ。またはその逆。

明日は立秋だというのに、東京では、とことん暑い日が続いています。
皆様いかがお過ごしでしょうか?


7月末に、スペインに行ってきたのですが、
そこは、気温40℃の世界でした。
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写真は、マドリッド市内<madrid VISION Bus Tour>車上より


が、東京の33℃の方が、辛いです。
東京で、ちょっと外に出ようものなら、じとっと汗をかきます。
でも、スペインでは、汗をかいても、その途端に乾いてしまいます。
その代わり、とことん喉が渇くのですけれど。


さて、ここで、
人が感じる温度感覚について、ちょっと整理しておきましょう。


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環境側の要素として、温度(気温)、湿度、
風速(気流)、輻射(放射)の4要素があります。


また、その4要素の影響を受ける人間側の要素として
作業量(メット値)・着衣量(クロ値)の2つの要素があります。
人の温熱感覚は、これら6要素により決まります。


この6要素による温熱感覚を数値化したものを新有効温度といいます。
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ふむふむ。
やっぱり、暑いなぁ?、という感覚は、“気温”だけじゃあないんですね。
汗をかいても、からっとさせてしまう、若しくは、
じとっと、いつまでも肌にまとわり付かせる原因の“湿度”。
それに、“”。


また、東京のように、
アスファルトやコンクリートに囲まれていると、
そこからの“輻射熱”はバカにできません。


閑話休題。


私が、小さい頃は近所にいわゆる“雑木林”というものが遍在していました。
また、エアコンなんてなかったので、窓を開け放して、風鈴をぶら下げて、
日中は、プールに泳ぎに行って、帰宅してスイカ、若しくはカキ氷を食す。
というのが、全うな夏の処し方だったのです。


今では、日中にプールに行くなんて…
スイカやカキ氷が食べたくなるなんて…
…“旧いタイプ”と言われてしまいます。


“雑木林”のような自然は偏在し、
“色んな人工物”が遍在しています。

昔は、ユビキタス・ネイチャーだったのに、
今ではユビキタス・ネットワークとか、
ユビキタス・ロボティクスなんですね。
あ、造語です。悪しからず。

暑い日の処し方。
も、変わるわけですね。
なんていったって、21世紀ですから。


Presented by“すみ”

言の葉 さらさら こころにゆれる?

昔、アイドルが
「目と目で通じ合う、そういう仲になりたいわ?。」
と、唄っていたことがあるけれど、
私は、全く、そうなりたいとは思いません。
抽象的なイメージを、なんとなく共有する関係であるのなら、
それでも構いません。
というか、悪くないカンケイ。といえるでしょう。


だけど、一緒に何か具体的なことをするというコトが発生した時点で、
そうは、言ってられなくなってくるのです。
目と目で“通じ合ってるつもり”の関係なんて、無意味。
目と目で“通じあってると勘違いしてる”なんて、ナンセンス。
になってしまいます。


お互いの生まれ育った環境や、経験から変わってくる “常識”
ボキャブラリーの量と質。
ちょっとした、もしくは、決定的なニュアンスの違い。


言い回しもなかなか、難しいですね。
例えば
「昔、アイドルが・・・」
って言うのと
「昔のアイドルが・・・」
って言うのは、決定的かつ暴力的に異なる。


たったの“、”と“の”の違いですよ。
でも、伝わることは明らかに異なってきます。


また、コトバを交わす分母として、
親しい感情や、共感がなければ、
コトバ自体の意味がなくなってきます。
ラポール。(rapport)がなければ、言葉は上っすべるだけ。
と、友人に教えていただきました。


話をするときに、人の目を見るのは
“動物として当たり前”のことです。


力のある、イクォール気持ちのこもったコトバを
適切に発することは、
“人間として当たり前”のことなのです。


ラポールがあるのなら、
言うことと同じくらい、言わないこと。
も大切だということすら、あり得ます。


コトバって、大切です。
凶器にもなるし、
心が温ったたかくもなるし、
救われるし、
涙するし、
ハッとするし、
ドキッとするし、
ほっとするし、
いいな。って思うことがあるし、
愛するきっかけにもなりうる。


言の葉。
言霊。
うつくしいコトバ。


コトバを発するときにも、クリエイターでありたいなぁ?と思います。
仲の良いヒトと、ボキャブラリーを、もっともっと共有化したいです。


そうそう、最近、コトバって、本当に、
大切だなぁ、と、痛切に、思って、いるのです。


句読点多すぎ。笑)
まだまだ、精進が必要です。


Presented by“すみ”

今月号の「美術手帖」は、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレの特集。

今月号の「美術手帖」のタイトルは、
美術と建築のマリアージュ ル・コルビュジェ
というものです。
シャルル=エドゥアール・ジャンヌレって、
本名で書いてもピンときませんね。
ハハハ。


マリアージュ。
ってのは、mariage
フランス語で、相性のよい組み合わせ。
と言う意味らしいです。
“ケンチクと美術”両方を愛したル・コルビュジェ。
ということでしょうか?


確かに、ル・コルビュジェ
って建築家は、同時に美術家でもあるんですね。


6月17日に放送された、NHK「新・日曜美術館」では
「美術手帖」とほぼ同じテーマで、
むしろ『画家』と呼ばれたかった
?近代建築の父 ル・コルビュジエの真実?

という番組が放送されました。


また、森美術館では2007年5月26(土)から、9月24日(月・祝)まで、
森美術館 ル・コルビュジェ展」が開催されています。


何で、ここにきて、日本国中!
ル・コルビュジェなのだろう?
と思ったら、実に生誕120周年ということでした。

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写真は、15年位前に行ったVilla Savoye
1923-1925: Le Corbusier: 82 rue de Villiers 78300 Poissy


手前の白いTシャツは、若かりし頃の私です。


やはり、本物の建築の中に、身を置いてみること。
目だけでなく、感覚をフルに使ってさまざまに感じてみること。
って、大切なのだなぁ?、と思いました。


前回、ご紹介した
Mies van der Roheの「バルセロナ・パビリオン」
に勝るとも劣らない。
私にとって、宝物のような体験です。


Presented by“すみ”

観光ガイドブックには、載せなくても良い、という判断は間違っていないと思う。

Hola! Buenos Dias!


3ヶ月ぶりに、再び、スペインに行かせて頂きました。


今回、(仕事以外で)最も印象的だったのは
ミース・ファンデル・ローエ(Mies van der Rohe)の
かの「バルセロナ・パビリオン」!!
に行ったことです。

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どの観光ガイドブックにも、まったく載っていないのですが、
どの建築のガイドブックにも、まず間違いなく載ってる。
といっても過言ではないあのタテモノです。


このタテモノを見た、私の個人的な感想は、
木で創っているのか?石で創っているのか?
障子なのか?ガラスなのか?
というマテリアルの違いはあるものの、
“非常に日本的な空間の作り方”だなぁ?というものでした。

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屋外?半屋外?半屋内?屋内
という間のとり方。

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深い庇。

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さらに、水の床と、石の床という平面上でのグラデーションを付け。


仕上げに、グリーンとレッドの蛇紋岩と、オフホワイトのトラバーチンで、
立面上のウラとオモテを作って、空間を分節しています。

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Presented by“すみ”

養老 孟司さんの「まともバカ―目は脳の出店」面白く拝見しました。

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養老 孟司さんの「まともバカ―目は脳の出店
面白く拝見しました。


基本的には、ベストセラー「バカの壁」のトーンと同じなのですが、
前半部分で、建築士と建築を取り上げて
説明する部分がありました。


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設計図を引いて、その通りに建物をつくる。
建物はどこにあったかというと、
そもそもの始まりは人間の脳の中にあったということになります。

そうすると、われわれが座っているこの空間というのは、
実は、設計した人の脳の中だ。
という比喩を持ってきてもいいわけです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この文章だけを引っ張り出してくると、
もしかしたら、誤解を招くかもしれません。


あくまでも、
建築士とは、こうあるべきだ。
ということを、述べているのではなく、
人間が認識している“現実”は、“全て脳が解釈していること”である。
ということのメタファーです。
基本的には、「マルコビッチの穴」のような
世界感をイメージさせたかったのだと解釈しています。


また、
人の脳は、全て人間の考えるようになる。
もしくは、考えられることしか認めない。
という方向にどんどん進んでいく。
という“脳化社会”の功罪について言及しています。


これについて、
私はこのように解釈しました。


“現実”というのは、2つ。
「自然」と「意識」。
言い換えると
「自然」と「人工」。
ミクロに考えると、
「身体」と「脳」。
哲学的に言うと、
「パトス」と「ロゴス」。


後者は、思うままにコントロール可能。
前者は、そうはいかない。
ただし、対立するものではなく、
あくまでも、一体であり、不可分。


アスリートのように、自然としての
自分のカラダを徹底的に使ってみたり。


アソビとして、自然と対峙してみたり、
・・・サーフィンとか、スキーとか、
ハンググライダーとか、釣りや猟。


イキモノを育てたり、飼ってみたり。


これらの体験によって、“全て人間の考えるようになる。なんて嘘”
であること。
“思い通りにならないことのほうが、かえって多い”
というあたりまえのことを、正しく理解することができると思います。


現代社会に暮らす私たちにとって、
こういったシンプルな理を、正確に理解することが、
非常に大切なことなのだと、改めて感じた次第です。


Presented by“すみ”

朝の風景

採用担当 なべ です。
先週まで随分ブログを休んでいたので
今週ちょっと多めに登場させていただきます。


私の住んでいるところは
冬はすごーく寒いですが、その分 春がとても素敵です。
桜の花道もあれば、菜の花の咲く斜面もあります。


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ブランコとすべり台だけの砂地の公園のほんの少しの斜面にも
草が茂って、タンポポと土筆がどんどん増えます。
冬に我慢していたものが 今いっせいに芽吹いている感じです。
朝、歩いているだけでも楽しい・・・・そんな感じです。


家のそばにはいろいろな木々があって
鳥もたくさんの種類がいるようです。


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実はあまりよく知らないのですが
鶯の鳴き声、シジュウカラのような鳥の姿。
逆にカラスやすずめを見ることがあまりありません。
本当にいろいろな鳥の鳴き声が聞こえます。
朝 音楽を聴きながら歩くのはもったいないと思います、絶対に。


一日の始まりに気分の良い時間が少しあるだけで
その後にも いいことあるような予感。
まあ、ほとんどがハズレです。(ホント毎日いろんな出来事があります)
でもその日の朝の時間自体が良い事のひとつですね。
今日も一日頑張りましょう!

美味しいシャンパンを、正しく堪能するためのグラス。

アメリカ、ケンタッキー州で創ったものでなければ、
バーボンと呼べないように、
フランス、シャンパーニュ地方で作ったもの以外に、
シャンパンという名前は付けられない。
ということです。
う?ん、厳格だ。


家で折角のシャンパンを飲むのに、
普通のワイングラスじゃあなぁ?。
ということで、東京中、探しました。
…あ、ちょっとオーバーです。


いつもの買い物では、
第一印象でINであれば、
迷うことなく、即決で、さっさと、
買い物を済ませることが出来るのですが・・・
このシャンパングラスだけは、迷いました!!


グラス本体と、足のバランスが、しっくりこないもの。
本体の縦横バランスが、気持ちよくないもの。
唇が切れるのではないか?という薄さを持っていないもの。
などなど、ばかりだったんです。


で、これです。
どうだ!
美しいだろ。
といいたい。


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お気に入りのモノについて、
何回か、エントリーをしましたが、
このタイミングで、奇しくも
“貧乏人とは、多くをもたざるものではない。
多くを欲する者のことを言う。“
というスウェーデンのことわざを目にしました。


すわ、自分のことか?と
一瞬たじろいだのですが、改めて、モノに対する姿勢を書いておきます。
いえ、言い訳ではありません。
決して。


紹介した“お気に入りたち”は、
いわゆる一般論での「グッド・デザイン」紹介を意図していません。


“心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる”
といった、本来の意味での“拘り(こだわり)”ではなく、まったく逆に、
“私が、インスパイアされたモノ”を紹介しようと思いました。


また、高級品を自慢すると言う意図も、サラサラありません。
(大体、高級品は持っていません。)


綺麗なモノ、美しいと思ったモノ。
自分にとって、善いモノ。
正しいモノ。


繰り返しになりますが、
これらの“お気に入りたち”を起点に、
“楽しい何かを発想できそうなモノ”
を紹介してきたつもりです。

Presented by“すみ”

ハリーポッターに出てきそうな“箒”と環境問題を教えてくれた“ちりとり”。

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青山にかつてあった、 SANTA FE STYLEのショップ「ゾナ」
で扱っていた箒。
この箒は、会社の同僚から、結婚祝いとして頂いたものです。


確か、“夫婦喧嘩を、カッコイイ箒で、やってくださ?い。”
という趣旨で頂いたかと、記憶しています。


いかにも、ハリーポッターに出てきそうな姿かたちではありませんか。
この箒を基点に、さまざまなイマジネーションが拡がります。


この魔法の箒なら、
なんか・・・跳べそうです。


続いて、
アルミニウム製の非常に機能的で、かつ軽いちりとり。
確か、スミス・アンド・ホーケン(Smith&Hawken) で購入したものです。

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Smith&Hawkenは、1979年に創立された
アメリカのガーデン資材を販売する企業です。


創立者のポール・ホーケンは“企業を成長させる (Growing a Business)”
といった著作や、同名のテレビ番組で活躍し、
1991年には会社を離れ、地球環境問題に全力を注ぎ込むようになりました。


20世紀後半の事業のやり方がエネルギー多消費型であったという事実は変えられない。
といった発言など、
“エコロジーと事業のあり方”について、さまざまな影響を与え続けている方です。


「環境について真摯に考えるということは、まず、行動すること。
そしてそれが、ビジネスとして成り立つことが、重要。」
ということを、私が知るきっかけになったのが、この“ちりとり”です。


Presented by“すみ”

幕の内精神で創られた、ワンパッケージのコッフェルと、シェラ・カップ。

仕事で、空間のデザインをするときに、
実際にある空間から、インスピレーションを得る。
というよりも、


私の場合は、
姿かたちのよいプロダクツ。
だったり、
小説や絵本に出てくるシーン。
だったり、
ふと、目にした自然。
に、インスパイアーされることが多いです。


あくまでも、自分の場合は。
ということですが。


だからこそ、自分の身の回りには、
「お気に入りのモノ」を置いておきたいんです。


「私のお気に入り」をいくつか、紹介させていただきます。
フライパンと、飯盒と、鍋と、薬缶!しゃもじと、お玉まで!!
入っているコッフェル。

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自転車旅行のような、
荷物を極力少なくする必要のある旅行者。
のために作られたワン・パッケージです。

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入れ子状態に収納できる、このコッフェルのセットを見ると、
自ずと、榮久庵憲司さんの
「幕の内弁当の美学」を思い出してしまいます。


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<幕の内精神>
幕の内的なるもののつくりかた、
これは主義、主張、イデオロギーではなく、技術である。

工業である。環境との対応術、秩序化の術、
質を高める術、組織化の術、目論見の術、生き方の術、
幕の内なる技術はこうした様々な技術の総合である。

これら諸技術を統合して、ひとつのものを生み出すとき、
それは大変含みのある、魅惑的な姿かたちを露わしてくるのである。
                    (榮久庵憲司「幕の内弁当の美学」より抜粋)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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そして、この薬缶で沸かしたお湯で入れた
暖かい飲み物を飲むSIERRAのカップ。
真鍮のものと、アルマイトのもの。
もっと、深いものとか、少しだけ大きいものなどの、
バリエーションがあります。


その中で、
実際見比べて、手にとって、最も自分の好みにしっくり来たのが、
このプロポーションとサイズと素材のシェラ・カップです。


自分のためだけの小さな火を前に、大抵はコーヒーを飲むことになります。
もしくは、インスタント・ラーメン。笑)


Presented by“すみ”

スタンスをとる。スタイルをたてる。

快適で、かつ美しく“暮らしている方”
が、増えているように思います。


そのような方たちが、
自分の「センスと意思」をベースに「お気に入り」
を身の回りに、徐々に増やしていくのを見るのは、
とっても、刺激になりますし、気持ちの良いものです。


片岡義男さんのエッセイに、
彼らと愉快に過ごす 僕の好きな道具について
という本があるのを思い出しました。


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メイド・イン・ホンコンの爆竹を鳴らすおもちゃのロケットやら、
白いごくごくシンプルなカップ。
エルメスのチューイング・ガムケースなど。
とても魅力的なモノたちが、
写真と、ごく短いエッセイで、紹介されてゆきます。
さらに、
気持ちの善いテンポと、軽妙な言い回しが素晴らしい。


あとがきで、書かれているのですが、
「これは美しい、素晴らしい、楽しい、などと僕が思い、
いまでも手元にあるか、少なくともある時期は手元にあって楽しんでいた・・・
・・・いわゆる高級品の図鑑ではありっこないし、
「グッド・デザイン」や「すぐれもの」のガイドでもない。」
とあります。


お気に入りのもの、ってそうあるべき。
という
モノに対するスタンスと、自分のスタイル。
の見本のようです。


私も、出来うるなら、お気に入りのものに囲まれて暮らしたい、と
常々、思っています。


これは、大学生のころ、ちょっとスノッブな思いで、
つまり、こずかいをやりくりして、
大変苦労して、買ったものです。笑)
今思うと、それほど高額ではないんですけれど、笑)

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コーヒーミルには、豆を切るタイプと、
豆を磨り潰すタイプがあって、
手で回すタイプの全ては磨り潰し。です。


ぐるぐる回すハンドルの反対側のねじで、
磨り潰す歯の隙間のサイズを移動し、
粗さ、細かさの調整を行います。


コーヒーミルって、横回しがスタンダードなような気もしますが。
縦回しのほうが、人間工学的に正しいのではないか?
とか、それより「こっちのほうが、姿が好い」
ということで、かれこれ20年近く、わたしのお気に入り。
となった現役のコーヒー挽きです。

スペイン出張に行ってきました。100年続けたこと、さらに200年続けること。

Hola!


スペインに出張に行ってきました。


日曜日から日曜日まで、
大切なバレンタイン・デイや、
建国記念の日といった3連休を挟んで、
行ってまいりましたとも。
実質5日間で11社、23名のスペインの方とミーティングを行いました。


しかし、ミーティングだけでスペインを去るのは、あまりにも切ないじゃぁないですか!
ということで、なんとか、滞在最終日の前日に、
アントニオ・ガウディのケンチクを見ることができました。


サグラダ・ファミリア・・・・・・・・・・・・Temple de la Sagurada Familia: Antoni Gaudi

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ひとつのケンチクを、
100年間創り続けてきたたこと。
そしてさらに、200年くらい?創り続けること。
これは、いったい、何なんだろうか?
と考えるに、


その魅力は、
“モノにしていく(ケンチク)行為”というよりも
多くの人が関与し、積み重なってゆく“時間の累積”といったコト
ではないだろうか?と感じました。
本当に多くの工事従事者や、寄付などによる参加によって
実際の建築工事が進められていますし、


さまざまな美術館や、テレビ局や、研究者にも
観る・知るというカタチでの、参加の機会を与えています。


また、今回の打ち合わせに、通訳として同行していただいたサンチェスさんの、
菩提寺が、サグラダ・ファミリアだそうです。


彼曰く、「地下にある、ミサを行うスペースが、実は最も美しい。」
と仰っていました。
私たちが、知りえないサグラダ・ファミリアのもう1つの顔です。


わたしたちは、
観光的な視点や、
ケンチクブツとして観る視点、
によって、サグラダ・ファミリアを見ることが多いと思います。


しかしながら、
それ以外の、たくさんの視点と視座から、
それこそ無限の視線を浴びているのが、
サグラダ・ファミリアというケンチクなんですね。


繰り返しになりますが、
こんな多様性をもった“係わりのあり方”と
“係わりがあることそのもの”こそが、
このケンチクを、これほどまでに、
魅力的に感じさせているのではないだろうか?
と思った次第です。


Presented by“すみ”

歩いていて気付いたこと

採用担当の なべ です。


昨日に引き続き
暖冬と言われながらも「寒い」と感じる冬・・・。
結構寒いですよ。私が引っ越した八王子市は。
昨日の帰宅時は3℃、今朝は1℃。(外気温)
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駅のホームの工事をしているところで
気付いた事。
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駅や道路の工事って
とにかく「安全」と
「人」や「車」の流れを遮断しないための様々な対応
が必要で とても大変そうです。


工事の資材や道具の搬入は夜中
騒音などが出る工事は夜中
人の通行止めが必要な工事は夜中
とにかく、夜工事が多いんですね。


そして日々進む工事でも、1日分の夜工事が終われば
昼間は人が通れるように復旧して、また夜工事して
きれいになるまでは眼に触れないように
カバーしたり、いろいろなものが使用されます。
実際に出来上がって眼に触れるもの以外にも工事中に
「必要なもの」がたくさんあります。
(そういうものは仮設資材・工事 として扱われます)


そして駅の工事でみたものは
まさに仮設工事に属するものです。
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写真では鉄骨の骨組みがあって
その天井面が白いシートで 覆われています。

そのシートを取り付けてる方法は
なんだかわかりますか?
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シートをしっかり鉄骨に張り付かせているものの正体は
一般的には「マジックテープ」とか「ベルクロ」
と呼ばれている<面ファスナー>です。
マジックテープもベルクロも商標です。
山へ行った犬の毛についてきた実から研究されて
できたこのファスナーが、今では交通インフラ工事の中
でも活躍しているとはびっくりします。
白いシートも結構重さがありますので
ここで使っているものはかなりの重量にも耐えられるということですね。
当社が得意としている展示会やイベントでも
いろいろなものの取付けに活躍しています。

この業界を目指す方、仕事で結構
面ファスナーに出会うと思いますよ。

最近気づいたこと

採用担当の なべ です。


暖冬と言われながらも「寒い」と感じる冬。
中途半端なんですかね、寒さが。


こう、もうちょっとキリッと引き締まるような寒さの方が
潔くて いいですよね。
寒がりの人にとっては
何てこというの! と思われるかも知れませんが。


この寒い季節に屋外で私が出会ったもの
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これはなんだかわかりますか。
ちょっと近づくと暖かいんです。
少しわかりやすい写真はこちら
kinoko2.JPG
これは屋外用のヒーターです。
(知ってる人は知ってると思いますが)


飲食店のテラス や 屋外のイベントなどでも活躍しているようです。
結構前からあるようですが私はつい最近見たのが初めてで
「へぇ?」と思わず言ってしまいました。
ガスボンベが下に入っていて、移動可能なんですね。
元はアメリカなどからの輸入販売だったみたいですが
今は国内メーカーもあり、またレンタル品も出ているようです。

で、もっと「へぇ?」と思ったのが コレ

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お菓子の缶の蓋の切り口です。


リングに指を掛けて蓋を開ける式のものは
缶詰でよくありますが、とれた蓋の周囲はスルドイ金物
というのが今までのもの。
子供も空けるお菓子の缶になると「安全」になるんですね。
まあそれでもまだ 手を切らないように と
注意はするべきですが
指を押し当てたくらいでは「切れる感」は全くありません。
世の中はいろいろと進化してるんですね。


他にも気付いた事。
明日にします。

カラダをキタエルということ

以前、「速読」っていうのを、少?しだけ、齧ってみました。


最初は、目を速く動かす訓練をして、
次に、速く動かした目で見た文字の内容を、
ポイントを押さえ、概要をつかむ。


簡単に言うと、
メダマの体操をして、頭を軽くする。
って感じでしょうか?


ダンベルを使った体操をしたり、腹筋運動や腕立て伏せをしてみたり、
ジョギングをしたり、スポーツを楽しんだりすると、
カラダが軽くなったり、筋肉が付いたりします。
ちょうど、それと同じですね。


今、「速聴」っていうのを、はじめてみました。
音声化したテキストを、速い再生速度で聴いてみる。
ということです。


1.3倍速。
これは、すぐに馴れました。
会社でも、早口の人ばかりに囲まれてますから。笑)
あ、ウェブマスターの麻生さんなんて、その典型です。笑)


今は2.0倍速。
何を言ってるのか、概ね解ります。
きちんと理解していれば、ちゃんと聴き取れます。
ちょっと難解な内容だったり、自分の知識が足りないと、
もう一回、聴きなおしてみたりしますが。


繰り返し、聴いているうちに、気づいたのですが、
速聴に向く喋り方って、確かにあります。
センテンツは短く。
言い回しは平たく。
簡潔に。


で、さらに気づいたのですが、
聴きやすいということ、
理解してもらいやすいということ、
のポイントは、速聴に限った事ではないなぁ?。と。


プレゼンテーションの時にも、もちろん、当てはまるし、
通常の会話にも、当てはまるのだなぁ?。と。
ま、当たり前のことなんですけれど。


ミミの体操をして、少しだけアタマも軽くなったような気がしました。


Presented by“すみ”

「社会に奉仕すると同時に、自社の発展をはかる」

同僚に、山崎 豊子さんの小説「沈まぬ太陽」を借りて読みました。

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1冊ずつかなりのページ数があり、これが全5巻。
かな?り、読み応えのあるボリュームです。
御巣鷹山の事故を中心に、その前後の航空会社の様相が描かれています。


人命を預かる。
という点では、航空会社も、建設業も、おんなじです。
もっと言っちゃうと、食品業だって、同じはずですね。


昨年は、ケンチク関連で、人命に関わる重大な事件が起こりました。

性善説だけでは、語れない社会になってしまいました。
あらゆる企業に対して、疑心暗鬼にならざるを得ない“世知辛い世の中”
というわけです。


こういった社会的な背景を見てしまうと、
郵便局の民営化が取り沙汰されるときに、よく言われる
「民営化イクォール過疎地は排局」
って、リアリティがあるように思えてしまいます。
しかし、同時に、
「民営化は、利益のみ追求ではない!」と思いたい気持ちを、
民営企業に勤める者として持っています。


閑話休題。
私たちが幼いころって、郵便やさんになりたいとか、パイロットになりたい、
とか、大工さんになりたいとか、ケーキ屋さんになりたい
という職業への憧れが、確かにありました。


言い換えると、
仕事をする上でのプライド、とか社会的正義とか、社会への奉仕。
という“職業に対する理(ことわり)”がきちんと機能していた。
ということかもしれません。


ムラヤマの社是には
「社会に奉仕すると同時に、自社の発展をはかる」
という言葉があります。


お客様オリエンテッド。
かつ、
社会的なゴミは、絶対に創らないという宣誓です。


これを青臭いと、一笑に付してしまうのではなく、
今一度、真摯に考え直す良い機会になりました。


Presented by“すみ”

imagination と creation について

体調が思わしくなかったので、半休を頂いたのですが、
丁度、次女の授業参観があるということで、
小学校の授業を、少しだけ覗いてきました。


国語の授業で、「物語を作ってみる。」
といったカリキュラムの1回目の授業。


教科書に、何枚かの写真が載っていて、
その写真から連想するキーワードを出し、どんどんと繋げてゆく。
「イメージ・マップづくり」のようなことをしていました。
面白そうな連想キーワードと、そのつながりをまず、出してみて、
ここから、精査して、ストーリーに組み立て直していくんですね。


楽しそうでした。
私がよく拝見させていただくブログでも、
このようなことが、頻繁に起こっているのを思い出しました。


写真とコメントを、管理者が記事として挙げる。
何人かのヒトが、その写真を見てインスパイアされたことをコメントする。
もとの写真か、他の人によって付けられたコメントにインスパイアされて、
さらにコメントを付けてゆく。


仕事でも、同じようなプランニング手法を、とることがあります。
与件を整理して、コンセプトを立てるプロセスは、
自分の場合、まさしくこのような、発想と展開であります。

ブログのケースを仕事に置き換えると、
ブレーンストーミングだったり、
コラボレーション(協働創作)と言えるでしょう。


小学校の授業を観て、
想像することと、創造すること。
その楽しさと、素晴らしさを再認識しました。


Presented by“すみ”

AEON盛岡南ショッピングセンター「いわて活菜横丁 結の市」と2007年問題?

昨年、AEON盛岡南ショッピングセンターの「いわて活菜横丁 結の市」という施設のお手伝いをさせていただきました。
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この「いわて活菜横丁 結いの市」は、地元のこだわりの、美味しいものを食べてもらおう!
という“地産地消”の発想で展開されています。
こういった流通システムでは、郵送や梱包などが大幅に削減できるので、
ライフサイクルCO2の削減につながり、ひいては、環境負荷低減に効果的。
ということになります。


世界各国の珍品というのではなく、地元の安心できる名品。


トレーサビリティの究極のカタチ。


国土交通省の重点施策でも「地域の自立」とか、「新成熟社会」と言われていますし、
時代的にも、非常にフィットする新しいコンセプトの店舗展開と言えましょう。


さて、2007年を迎えて、しばらく経ちます。
2007年といえば、団塊の世代の方々が60歳定年を迎える「2007年問題」の年です。


定年を迎えた方が、丹精と主張をこめて、地域で作る…
食材。とか、工芸品、アートなどなど、
新しいコンセプトの商品とその発展の可能性は、
イメージしてみると、とても、面白そうです。

“すみ”でした。

ライフストーリー、ライフスタイル、そのスタイルに合ったスペース。

人が暮らしている状態と言うのは、
いってみれば、それぞれの生活者が、思い描いた“ストーリー”を進行している。
とも言えます。


そして、
“ストーリー”には、思想があるはずです。


“ストーリー”の連なり、もしくは塊が、“スタイル”。
と、とりあえず、言い切ってみましょう。


“スタイル”を顕在化させるには、
その人が居る空間と、プロダクツで構成される“スペース”、といった
大道具と小道具が必要になるでしょう。

愛用しているケメックスのコーヒーメーカー

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さらに、この、自らチョイスした大道具や、小道具のデザインにも、思想があるはずです。

クールなデザイン(イワタニ「アモルフォ」というカセット・コンロ)
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かわいいデザイン(マッシモ・ジャコン デザイン アレッシのペンシルホルダー)
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自分の“ストーリー”という“思想”と、
他人がデザインしたもろもろの
モノたちの“思想”がぴったり合ったとき。


きっと、その空間は、その人にとって、かけがえのない快適な空間になるはずです。


お話としても、
…なんとか、
“ストーリー”と、“スタイル”と、“スペース”が、
ぐるっと一回りしました。


“すみ”でした?。

私事ですが…自宅にクリスマス・ツリーを飾りました。

我が家の長女がまだ幼いときに購入した、
12年もののクリスマス・ツリーを週末に飾りました。
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当時では、近所のスーパーにも無いくらいの大きさを誇るツリーでしたが、
12年の間に、大きなツリーも随分流通してきたようです。
かつ、デザインも個性的で、おしゃれになってきています。

3月の雛飾り、7月の七夕飾り、12月のクリスマスツリー。
とほぼ4ヵ月毎に、我が家では季節の飾りを施します。
(今年の七夕は、サボりましたが)
季節を感じるディスプレイを自宅に飾り、
その前で大切な人と集い、楽しい時間を過ごす。


というのは、よく考えてみると、随分幸せなことだなぁ。
と思う次第です。

“すみ”でした?。

マメにインプット

先日、近所のスーパーでのこと。
豆の試食をしたら、実家の母親が作る<もの>と同じ味がして
つい買ってしまいました。
(売っていた豆は乾燥豆なので、自分で作らないといけないのだけれど)


実家で作る<もの>は<ハリハリ漬け>といって
豆以外にもいろいろなもの(人参、干した大根、昆布、するめ、数の子など)
が入ってます。醤油とお酒とだし汁に数日漬け、実家では正月に食べてます。
自分の中では「寒い時期の食べ物」なので
今の季節というのと豆の味や歯ごたえがシンクロして
その<もの>がイメージされたようです。


別の話。
私の知人が奥さんに「愛・地球博に いつ 行く?」と聞いたら真顔で驚かれたそうです。
男性は小さい頃に博覧会に連れて行ってもらった事があり
博覧会はみんなが行く楽しい場所 だと思っていたので
奥さんもてっきり行くつもりだと思っていたらしいのです。
でも奥さんはそんな経験が無いから「なぜ博覧会?」となったようです。


あるものをきっかけに過去の記憶、感情やイメージが呼び起こされることがあります。
私の「味」や「歯ごたえ」、私の知人の「博覧会」という言葉は
それぞれいろいろな思いと共にインプットされているようです。
他にもいろんな記憶がいろんなものと繋がっているんでしょうね。


私たちの仕事は個人の持つ小さな経験や感動の積み重ねをベースに
いろいろなものを繋ぎあわせて「新しいもの」に作り変えることでもあります。
いろいろな経験とそれらを結びつけるアイデアが付加価値の高いものを生み出します。
経験と思いをどんどんインプットしてきましょう。


出来上がった豆は
茹ですぎ と 醤油の違い でちょっとイメージした味と変わってしまいました。
この失敗経験を次に生かして・・・。採用担当 なべでした。

12月

12月。師走がやってきました。
師走の結構前から教育の現場の師のお忙しい様子がメディアに載っております。
皆さんの忙しさはいかがでしょうか。


私の家では今も引越しの続き(住居内外の整理や整備)で忙しくしています。
庭先では道路の街路樹の葉がかなりの量で舞い落ちています。
歩く音はカサカサですが、歩いた感じは少しふわふわするくらいです。
これがやがて土にかえり、大地を再生してくれるのでしょうが
庭にとっては、ちょっと量が多過ぎます。
ふわふわ感は結構いい感じなので、捨てるのは惜しい。でも捨てないと。


「捨てる」といえば今回の引越しではいろいろな物を処分しました。
私は何か特別な機会がないとなかなかものを捨てることができません。
捨てるのが上手な人っているのでしょうか。
捨てるのがてきぱきとしている人?捨てるものをきちんとパッケージできる人?
私が考える「捨てるのが上手な人」のイメージはものをあまり捨てない人。
これは選ぶのがうまい人だと思います。余分なものは取らない。
情報の段階でよく選別して必要なものだけにしている。
これには、自分に必要なものが何かを良く理解できている人にならないと。


12月は大掃除の季節でもあります。この時期にたくさんのものを捨てずに
済むように、日頃から整理しておきたいものですね。(毎年そう思います。)
床にたくさんモノが置いてあっても、落ち葉のようにやがて床面に吸収されて
自分の栄養分となって・・・・


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こんな世の中にはならないですよね。


会社でも、年末に「大掃除」があります。
日々の業務の中でなかなか整理がつかなかったものも
まとめて整理したりするので結構大変です。
(「自分の周りは大掃除の前に片付けなさい!」by天の声)


大掃除も大切な仕事。(日々の整理のほうが大切だって!)
みんなでガンバリましょう。
採用担当のなべでした。

“子どもの目線”で考える

今、子ども対象の施設の計画をしています。

「子どもだからって、舐めちゃいけない。」
というところから始まって、
「夢見るチカラ」を育める場になればいいなぁ。
というデザインの指針を立てて、計画を進めたいと思っています。
  
あくまでも、子どもの目線に合わせる。
子どもの目線に“下げる”のでも“上げる”のでもなく、“合わせる” 
ここら辺がポイントになるのかなぁ、と考えています。

グラフィックデザイナー の駒形克己さん
の仕事の仕方や作品が、かなりヒントになるのではないかな?
という予感がしています。

駒形さんの「LITTLE EYES」シリーズ「MEET COLORS」は、
昔から、私のお気に入りです。

1セット、というか1色、3ページ構成。
合計10色、つまり10冊の小さな分冊方式です。
まず、同じサイズの小さな丸い穴が空いています。
この穴から2枚目のページの色が見えます。

ページをめくるとひとつめのテーマ・モチーフが“切り抜かれて”います。

更にめくると、3つめのグラフィックが現れる。

これらのグラフィックが、とっても美しい。
決して、子どもを舐めていない。

“すみ”でした。

建築家吉村順三さんの「建築は詩」を読んでみて

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建築家 吉村順三のことば100 建築は詩
を読んでいると、思わず涙しそうになります。
こんなに建築のことを好きな人がいること自体が信じられません。


その中の「昔の人の知恵」と言う文章を記しておきます。


「一夜にして誰もが一軒の家を無から考えつくわけではないのであって、
やはり建築というのは、昔の人の知恵、
それをいかにして新鮮にしてゆくかということが、デザインだと思います。


手品のようにパッパッとデザインが出てくるものではなくて新しい組み合わせだと思います。


ですから、その中には昔からの材料が一杯ありますので、
昔からの知恵を尊重しなければいけないと思います。
それが僕の信条なんです。」


あの吉村さんですら、先人の知恵を大切にし、先人から学んでいるんですね。
まずは、模倣。
その上で、組み合わせてみる。


言い換えると、先人の知恵を、自分の知識としてきちんと吸収する。
吸収、咀嚼して、自分の言葉で発してみる。
昇華する。


オリジナルだ!と豪語して、先人の足元にも及ばない。
というのは、クリエーターとして正しい姿勢ではない。
プロとして失格である、ともいえるのかもしれません。


ちゃんと、精進し、勉強し続けることが必要だといえます。
はい、精進します。


すみでした。

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