千葉県立美術館が50周年を迎えた2024年、アーティスト・五十嵐靖晃さんの初の大規模個展が開催されました。そこで導入されたのが、SoVeC株式会社が提供する音声ARサービス「Locatone™(ロケトーン)」です。『「少年と 」~千葉みなとエリア回遊オーディオドラマ~』と題し、建物の外にも展示された作品を、ドラマを聞きながら鑑賞するというもので、一般的なアート鑑賞とは違った視点をもたらしてくれました。今回はライターの井上倫子が聞き手となり、アーティストの五十嵐さんと、Locatoneの制作を担当したムラヤマの中井と金平の3名で、その取り組みを振り返ります。

五十嵐靖晃(以下、五十嵐): 千葉県出身のアーティストとして何かできないかと、美術館から2年前に依頼をいただきました。千葉県立美術館ではコレクション作品を中心とした企画が主でしたが、美術館も50年が経過し、時代に合わせた新しい役割が問われているタイミングだったそうです。
僕はこれまで各地を転々としながら、現地の風土や人と関わり、継続的な参加型プロジェクトを通じて「風景を立ち上げていく」活動をしてきました。もともと僕はホワイトキューブの空間よりも、外に出たほうが面白い挑戦ができると考えて、実践の現場を外に求めてきたタイプだったので、最初は「自分らしい展示が美術館でできるのか?」という戸惑いがありましたね。しかし、美術館もまた「環境と人で構成されたフィールド」と捉え直すことで制作をしてみようと考えました。

「何もない」と思っていた場所での神様探し
ーー1974年に開館した千葉県立美術館は埋立地に建てられた美術館だそうですね。五十嵐さんも千葉の「埋立地育ち」だとか。
五十嵐:そうなんです。若い頃は「埋立地なんて何の面白みもない」と思って外に飛び出しました。地方で出会った各地のおじさんたちが「うちの土地には何もない」と言うのを聞いて、「あ、僕は彼らと同じことを思っていたんだな」と気づいたんです。僕が地方で発見した視点を、千葉の埋め立て地に落とし込めば、新しい発見があるはず、そう考えて、この土地に新しい文化を根付かせる挑戦をしようと決めました。
ーー でも埋め立て地は歴史が浅いので、フックとなる部分を拾いにくい印象がありますが、どのような点に面白さを見出したのでしょうか。
五十嵐:神社もお寺もないので、まずは「神様探し」から始まりました。「埋め立て地の神様はどこにいるんだろう?」と。
本来、神様は人と自然の関わりの象徴です。それなら埋立地の人たちはどう自然と関わってきたのか。掘り下げていくと、かつてそこは干潟や浜だった場所であり、埋め立てによって豊かな生物や水際の暮らしが「埋められてしまった」という側面が見えてきました。
そこで着目したのが「水際」です。千葉は海に囲まれた半島であり、古来、海からやってくるものに神秘性を見出してきました。調査を進める中で、900年続く「御浜下り」というお祭りの存在を知りました。神輿を担いで海に入る神事です。千葉の人たちは昔から神様と共に海に入って心身をリフレッシュし、エネルギーを再生させてきた。これこそが文化の根源だと思いました。

埋め立てで浜がなくなり「御浜下り」は一時途絶えましたが、2000年に美術館のすぐそばのポートタワー脇につくられた人工海浜で復活したそうです。人工の浜で、再び人々の心が繋がったんです。
お浜下りの体験が作品に
五十嵐: 僕自身もこの「御浜下り」で神輿を担いで海に入りました。182cmある僕でも足がつかなくなるほど深く入るのですが、不思議と神輿が軽く感じる瞬間があるんです。コントロールが効かなくなった神輿が、浜に戻ろうとする人間たちの意志に反して、海へ海へと帰ろうとするんです。そんな非日常の経験は大きかったですね。
ーーその経験が実際の展示作品にも反映されているのですね。
五十嵐: はい、館内の展示はほぼ「御浜下り」を再現したと言ってもいいくらいです。例えば、美術館のホールに糸を水平に張った「海織り」という作品を展示しました。その上には、かつて漁師たちが海の上で星を道標にしていたように、海面から星を見上げるイメージで、全国から集まった約6,000個の「糸の星」を吊るしました。

また、美術館のコレクション約2800点の中から選定した作品とコラボレーションした「海織り ー 小堀進/霞ヶ浦」では、コレクション作品の再生と浄化というコンセプトで、まさに作品たちに「御浜下り」をしてもらいました。絵画の中の水平線を空間に引き出し、立体作品が海の上に浮かんでいるような構成にしました。

参加型プロジェクトと「綿(わた)」がつなぐ未来
ーー五十嵐さんの作品は、地元の人をはじめとするサポーターの方とともに制作されることも特徴ですよね。この展示ではどんなコミュニケーションがありましたか?
五十嵐: ボランティアとして集まった人たちと定期的にミーティングを行い、制作を進めていきました。地元の人とコミュニケーションをすることで、僕ひとりでは出会えない歴史や風景の深層にたどり着くことができるんです。サポーターの方からは、「美術館がかしこまった場所ではなく、愛着のある自分たちの場所になった」という声をいただきました。

また、今回の展覧会をきっかけに地域の人たちが主体となって「ゆうきのわたプロジェクト」が始まりました。名前の「わた」は海の近くに育ち海流に乗って運ばれると言われる綿に由来しています。また「木綿(ゆう)」の木が生える土地のことを「ゆうき」と呼んでおり、この地域は古くから「結城野(ゆうきの)」と呼ばれていた土地でもあります。今、公園の花壇で綿を育て、そこから糸を作り、文化を根付かせていこうとしています。埋め立て地という新しい土地で、これから50年、100年とかけて文化を「編んで」いく。その一助になればと思っています。
なぜ「解説」ではなく「オーディオドラマ」だったのか
ーー新たなプロジェクトが始まるほどに広がりを見せた展覧会だったんですね。今回の展示では、館内から外の展示までを巡る音声ARサービス「Locatone」が導入されました。制作を担当されたムラヤマの金平さんと中井さん、導入の経緯とドラマ形式にした理由を教えてください。
金平:当社は五十嵐さんのイメージをカタチに翻訳するような役割でプロジェクトに参画していました。姫路城の周辺を、Locatoneを使って散策する『しろのおと』を制作した経験もありましたし、「海風」の作品は美術館の中だけでなく屋外のポートタワーや人工海浜まで回ることで完結する構成だったので、屋外作品を鑑賞するきっかけとしてLocatoneを導入するのがいいかもしれないと思ったんです。

中井:展覧会によくある音声ガイドは無難ですが面白みに欠けると思っていました。そこで、少年に導かれて街を歩くという「ラジオドラマ」形式にしました。たまたま、脚本家の方々とレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』の本の話で盛り上がり、それをヒントに制作しています。大人が子どもに教えるつもりが、実は子どもから身体的な感覚を教わっていた……という逆説的な構成に仕立てました。
五十嵐さんの作品がもつ「身体感覚を取り戻す」という性質に、この「子どもから大人が学ぶ」という構成は親和性があると思いました。
五十嵐: 最初に「お葬式の回想シーンから始まる」と聞いたときは驚きましたが(笑)、面白いなと思いました。Locatoneがあることで、自分の作品を少し客観的に、もう一つ外側のレイヤーから捉えるきっかけになったと思います。
『少年と 』コンテンツ概要
大人になり「感じる心(センス・オブ・ワンダー)」を失いかけていた主人公が、幼馴染の葬儀のために地元・千葉へ戻り、美術館で出会った不思議な少年に導かれながら、アートを通じて記憶や感覚を取り戻していく物語。
ーー例えば近代絵画の展覧会では、音声ガイドで歴史的な背景などを知り理解が深まると思います。一方で現代アートの場合、作家側としては「解釈なしで見てもらいたい」と思うのではないでしょうか?
五十嵐: そうですね。近代絵画は時代を経て作品解説が形成され、それが共通理解になっているのだと思います。ただ、表現者というのは、本質的には「その瞬間に作品がどう機能するか」を意識していて、それはある種、受け手に委ねられています。鑑賞する側がどう捉えるかは、当然コントロールできるものではありません。
自分が目指したいのは、解釈であり、楽しみ方の幅が広い、強度のある作品です。奥行きまでたどり着いてもらえるならそこまで来てほしいですが、入り口は広くありたい。全然違うところから飛び込んできたのに「この人にはめちゃくちゃ伝わっているかも」ということが起きるのも面白いなと思っています。
だからLocatoneを導入すると聞いたとき、最初は「どんなことが起きるのか」「どう見えるのか」という懸念がありました。結果的にはユーザーが「海風」展をもう一歩外側から見るような、客観的に展覧会を捉えるきっかけになったと思います。

ーーそもそも、美術館を起点に、広場やポートパーク、ポートタワーなどに作品を分散して展示したのはなぜでしょうか?
五十嵐:作品を介して土地の魅力や地霊性のようなものに出会うのに移動を重視しているんです。外と中、風の有無、光の強弱、匂いや空気、といった普段は気がつきにくい微細な変化は、移動することで気づくことができる。そこにLocatoneの親和性の高さを感じました。
結局、皆さんそれぞれに物語を紡ぐわけですよね。Locatoneなしで紡ぐ人もいれば、Locatoneの眼差しを通して「そういう旅(回遊)の仕方もあるか」という出会い方をする人もいる。それは来場してくれた一人ひとりの中にあるものですが、Locatoneの脚本家の方が一つの視点として提示してくれたと思っています。
ーー 声優さんのファンの方も訪れたそうですが、来場者からはどのような感想を頂きましたか?
中井: ファンの方々が「ポッドキャストを聞いている」のではなく「声優さんと一緒に歩いている」と感じていたことが興味深かったですね。「少年に背中を押してもらえた」といった感想もありました。
アートに馴染みのなかった10代の女の子が、「新しい見方を知った」と真面目な感想を書いてくれたのも収穫でした。「推し」の力によって、遠い存在だったアートや千葉港という場所が、一気に身近なものになったんです。

アーティストが考える、Locatoneの可能性
ーー今後、Locatoneはアートの分野でどのように活用できると思いますか?
五十嵐:「Locatoneありき」で作品を考えるのも面白いかもしれません。アーティストが世界をどう見ているか、その眼差しを音声で表現する。例えば、ただ水辺を歩いていても、音声レイヤーを切り替えるだけで、建築家の視点、ミュージシャンの視点、あるいは漁師の視点で世界が全く違って見える。
別で考えれば、僕はよく、「そこにあり続ける木」と「移動する鳥や風」の対比を考えます。そこにあり続けるからこそ世界の動きに気づく視点と、動き回ることで世界の広さを知る視点。その2つの物語がある地点で交差するようなLocatoneの作品があれば、何でもない場所が特別な場所に変わるはずです。

中井:とても面白いですね。これまでのLocatoneは、観光地のお城など、視覚的なものがあってこその「音」だったんです。例えば、街という視覚的な風景に映画の主題歌を流すことで「映画の中を歩いているように感じさせる」といった、目の前にある風景の見え方を変える手法がメインでした。
でも、今のお話を聞いていると、あえて目の前の風景の話をしない面白さを感じます。例えば「木が見ている風景」のように、実際に見えているものとは似て非なる話をあえてそこでする。そうすることで、逆に今見えているものが違って見えてくる。そういうアプローチをすることで、より深い体験がつくれるのではないかと思いました。
ーーこれまで、街歩きや歴史などの分野で活用されてきたLocatoneですが、今後はアートの分野でも、音声ガイドにとどまらない新たな展開が期待できそうですね。本日はありがとうございました。
編集&執筆:井上倫子
※Locatone(ロケトーン)は、ソニーの技術を活用した、現実世界に仮想世界の音が混ざり合う新感覚の音響体験サービスです。スマートフォンからコンテンツを開始し、特定のスポットを訪れると、位置情報に連動して自動的に音声や音楽が聞こえてきます。音を聴きながら街をめぐることで新しい魅力や楽しみ方を発見できます。
※「Locatone」はSoVeC株式会社が提供するアプリケーションです。
※「Locatone」はソニーグループ株式会社またはその関連会社の商標です。

